川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

2017-01-01から1年間の記事一覧

今年旅行したなかで

荒川区南千住(人口46,000余人)のタワーマンション群。ララテラスに仕事関係の雑具を買いに来る。冬らしく晴天がつづいており、涙ぐましいブルーの空に爽やかな心持ちだ。 今年旅行したなかで印象に残っているのは南信州の飯田かな。南と中央のアルプスのあ…

アパートの姿見

出がけに「晚上不用收进来啊(夜、取り込まなくていいから)」と言われたので、洗濯した衣服が乾ききらないとかなんとなくそういう意味に受け取ったのだが、昼飯を食べに帰った時ベランダをみると、肉が天日干しされていた。地面には中文の新聞が敷いてあり…

楽山園

群馬県甘楽郡甘楽町、国指定名勝楽山園(らくさんえん)は「江戸時代初期に織田氏によって造られた小幡藩邸の庭園です」(パンフレットより抜粋)。名前は、論語の「知者ハ水ヲ楽シミ、仁者ハ山ヲ楽シム」の故事から採られたと言われています。観覧料300円(…

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ペパーミントグリーンの自転車。その隣りのピンクのサドルの子供用は小学校低学年のおデブちゃんが乗っている。 白いチェスト上のリカちゃん。母親からHさんへのプレゼント。子供扱いしているような少し奇妙な感じを受けるが、母親曰く、Hさんに似ているから…

閑雅な午後。

2017年12月21日、東京都台東区。晴れの日がつづく冬は、風が冷たいけれど空気は澄んでいます。川沿いのプロムナードまで来た私は、鞄の中に忍ばせてあったどら焼きを取り出し、包みを剝いてぱくりとかぶりつきました。喉が詰まりそうになり、コンビニで買っ…

二月堂

2017年1月21日、奈良東大寺二月堂。Hさんの「回家過年(ホイジャーグオニェン)」のあいだ、高畑町にある志賀直哉旧居を見に行った。その時にここも行ったのだな。正直、神社仏閣に対する興味は薄いのだが、ここは見る価値のある建物だった。丘陵地に建って…

白いチェスト

Hさんの朋友が神田に借りていた部屋を引き払って、米国に住む老公のもとに行くという。というか部屋には家財が一通り残されたまま、軀はすでに米国にあるのだ。朋友曰く、使うものがあったら好きなだけ持っていって。Hさんは嬉々として神田のマンションに向…

師走のホーシュル、ビテゥーシュル

例のモンゴル料理店は結局のところ新大久保駅と新宿駅のちょうど中間にあるのだな。今日は歌舞伎町を通り抜けていった。師走の寒風吹きすさぶなか、相変わらず眩暈がしそうなほどの人混み。 春雨のサラダ。うまい。香菜がかなり効いている(不要香菜もできる…

ジャパンスネークセンター

群馬県太田市やぶ塚温泉郷にあるジャパンスネークセンター(一般財団法人 日本蛇族学術研究所)。この度、2度目の訪問である。前回は2014年9月23日に来ている。まだ暑い時期だったので、3~5枚目の熱帯蛇類温室でボアコンストリクターを首に巻いて写真を撮っ…

館林 ~誇る文豪 田山花袋(上毛かるた)~

田山花袋は栃木県邑楽郡館林町で生まれた。のっけから、あれ、館林って栃木だったんだと思う。Wikipediaによると、越境合併で現在の群馬県館林市(人口75000余)になったという。「つる舞う形の群馬県」(上毛かるた)でいうつるの頭の部分。また、夏場は摂…

市田柿

長野県の南信地方で生産されるこの干し柿は、「原料柿、製造地域共に飯田市・下伊那地方に限る」(Wikipedia)ことによりブランド化させている。それが袋の左上にある「GI 地理的表示」というやつだ。市田柿は数あるドライフルーツのなかでもポリフェノール…

小林虎三郎である。

2009年4月29日、越後長岡、人口28万(当時)。新幹線が停まるからして駅はなかなか立派。この時はまだスカイデッキが無いのだな。アオーレ長岡も工事中か。冬ともなればこの一帯は重い雪に覆われる。道路の雪は消雪パイプ(長岡発祥)で融かすのだが、そのせ…

下関、萩

2009年4月17日、下関、人口28万(当時)。この時は一生に一度くらい萩を見ておくかという気持ちで、小倉まで新幹線で行き、下関に戻ってちょっと観光してから日本海沿いを時計廻りに萩に向かったのだった。サムネイルでぱっと見て、もう西日本という感じがあ…

鵞足炎の旅

2014年7月19日、紋別。オホーツク空港の建物を出た瞬間になんて清々しい空気なんだと感動した。 紋別公園の展望台から、人口22,000余の街が一望できる。 篠原涼子主演の『アンフェアthe answer』(2011)が冬の紋別で撮影され、凍てつくはまなす通りも出てき…

船橋の人口は63万

天気が良かったのでドライブ。朝食は千葉東金道路の野呂パーキングエリアで舞茸ラーメンを食べて済まし、ホキ美術館へ。鑑賞者はまばらでゆっくり見られた。写実絵画というのはどうもあんまり人気がないようだ。この美術館は建築を体感するだけでも価値があ…

林檎の傷

もう何年も河井継之助記念館の友の会に入っている。こうして定期的に封筒が郵送されてきて、なかには会報「峠」と、最近は長岡開府400年の記念事業の一環なのかな、「ROOTS400」という冊子が同封されている。正直、熟読はしないのだが、事務所でぺらぺら捲っ…

壁打ち

2008年12月20日、首都高7号小松川線高架下。クリスマスを数日後に控えて、孤独にテニスボールを壁打ちする男。この一帯は錦糸町のラブホテル街である。別段スポーティな格好をするでもなく、ラケットを振る姿に活力も見られない。また、この場所が壁打ちに相…

上野恩賜公園

昼。お馴染みのアジア商店街で老干妈、火锅调料などを買う。羊肉の火鍋の旨い季節となりました。 上野恩賜公園をぶらついていると、つい弁天門から動物園に入ってしまう。冬晴れということもあり、園内は若い家族を中心に大変混雑している。そこかしこから中…

函館、映画の街

2008年3月16日、弟とふたりで旅した函館。海風が肌寒く、陰気な日だった。 旅行のしばらく前に『ノエイン もうひとりの君へ』(2005~2006)というSFアニメをふたりして観ていた。このアニメの舞台が函館で、その影響もあって、ちょっと行ってみるかというこ…

渡航まで

2012年11月深夜。Nは椅子からずり落ちて、床に仰向けになった。天井からぶら下がっている電飾の明滅する光を、下りた瞼を透してNの瞳は浴び続けた。網膜にちらちらするのが心地よかった。白酒をストレートで立て続けに呷り、芯から麻痺してきた頭で、木庭…

漂泊者の歌

神戸

2012年5月4日、神戸ポートピアホテルより三宮・六甲方面を望む。 神戸には今でも母方の祖母が住んでいる。幼少の頃より長い休みのたんびに新幹線で会いに行ったものだ。当時の運転車輛は団子鼻のやつである。祖母もおんとし90歳。ついにひとり暮らしは無理と…

東京の東

西新井駅のファサードは白壁に錆が垂れている。かなり目立つので、多少きれいにしても良さそうなものだが、みんなあまり気にしていないのかも知れない。気安い街なのだ。 北千住駅も同じ足立区にあるが、このターミナルだけやたらソフィスティケイトされて、…

勤労感謝の日

午後、雨上がり。思いつきで三ノ輪橋から東池袋四丁目まで都電荒川線に乗る。数百メーター置きに停留場があるので、数で25個くらい。 この路面電車が最近「東京さくらトラム」などというしょうもない名前で呼ばれていることを知る。王子で車窓からサンスクエ…

様々な青。

青い奔流の中のサンタクロースたち。 倉敷ガラスの青。 鳥羽の港の青。 明智小五郎事務所の青(「江戸川乱歩の美女シリーズ」より)。 田沢湖の青。 冷凍シーラカンスの青。 大谷資料館の青。 アクアマリンふくしまの大水槽の青。

到着ロビー

午後9時。Hさんを迎えに成田空港第1旅客ターミナルへ。案内板をみるとちょっと遅れているようだ。モップで床を拭くおばちゃんが行ったり来たりしており、周囲は閑散としている。それでも到着ロビーで待っているあいだは一種独特の落ち着かなさがある。逆にこ…

1:46

2008年2月11日、身延山久遠寺。菩提梯(石段)を上から。高低差104m、287段。今なら途中2回くらい休憩を挟まなければ、この太り肉の軀では登り切れない。苔に掌を置いている場合じゃない。 2017年11月20日、昨日読み終えた榎本泰子『上海 多国籍都市の百年』…

八重洲ブックセンター

晩秋にふと牛タンが食べたくなり、東京駅八重洲口まで繰り出す。牛たん定食1.5人前を塩で。久しぶりに食べるとうまく、米を大分おかわりしてしまった。その後、八重洲ブックセンターへ。ここはリアル書店としては屈指の品揃えで、そんじょそこらの商業施設の…

壁画とサブウェイ

2008年3月10日、秋葉原富士ソフトビル。もう何年もこの場所には行っていないが、ある時期よく行っていた。4階分くらいの吹き抜けの空間に、タイルの巨大なモザイク壁画が貼られている。椰子の木の陰からジャガーが顔を覗かすこれは部分で、吹き抜け回廊の大…

旭川

父親と私のふたりで旅した最後が2006年10月の国師ヶ岳ということを先日書いたが、では、母親とふたりきりで旅をした最後は、と調べてみるとこれがやはり2006年3月のことだった。旭川である。 なぜ旭川に行ったかの理由は明確に憶えていて、今ではさほど珍し…