川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

ガスタンク

『十九歳の地図』(柳町光男・1979)という映画は当時存在した北区の王子スラムを映しているのだが、劇中にガスタンクが出てくる。薄いグリーンの球体で、10数階建てのビルに匹敵するほどでかい。近くまで行ったら、のけぞって見上げるほどのものだ。主人公の鬱屈した青年が描く地図上のそれはあたかも王子周辺にあるかのようだが、いくつかのガスタンクのショットは台東区の橋場で撮られている(ガスタンク自体は荒川区の南千住にある)。僕は見た瞬間、それがわかった。なんとなれば、そのガスタンクのある地域で僕は育ったから。どの場所にカメラを据えて、どっち方向から撮っているということまで完璧にわかった。この映画に言及しているブログを覗けば隣接した板橋区にもガスタンクがあるらしく、一般的にはそちらのガスタンクという認識になるのだろう。

驚いたのは、僕自身も北区近辺にガスタンクがあり、それが映っているんだなあという認識で見ていたのが、あるガスタンクのショットが映った瞬間、それがまぎれもなく南千住のガスタンクだとわかってしまったことだ。半世紀近く前の映像にもかかわらず。僕は1976年生まれだから、映画に映っているのとほぼ変わらない景色の中で育った。劇中のガスタンクの構図が僕の脳裡にくっきりと、写真のように刻まれており、それは幼少の僕が当時の家から目と鼻の先にあるガスタンク撮影場所を幾度となく通り、その時間の中で定着された強度ある記憶なのだ。このような記憶が他に、僕の中にどれだけあるのだろうとしばし考えてしまった。

念のため、先日僕はガスタンク撮影場所まで行ってきた。劇中にはある電話ボックスはなかったが、間違いようもなかった。ただ、その場所に立っても映画のようにはガスタンクは迫ってこなかった。撮り方だろう。

f:id:guangtailang:20240902124057j:image石窯で燃える焔。ゆらめきをしばし見つめる。埼玉県加須市羽生市の境。

f:id:guangtailang:20240902124054j:image台東区墨田区に架かる歩行者専用橋、桜橋。Xのかたちで有名。歩行者専用だとすみだリバーウォークというやつもあるが、あれを同じ橋扱いしていいものかどうか。先のガスタンクの場所から川沿いに歩いて来られる。最近では『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース・2023)で使われ、夜、この橋の袂で役所広司三浦友和の初老の影踏みが唐突に始まる。映画を2回観た友人は、このシーンで泣いてしまったという。

f:id:guangtailang:20240902124051j:image台東区橋場2丁目。

f:id:guangtailang:20240902124048j:image羽生市水郷公園。

f:id:guangtailang:20240902124137j:image台東区幻想文学を扱う古書店。午前中いた埼玉県の羽生から帰ってきて、午後3時頃入店し、1時間近く迷ったすえにカルロス・フエンテス『ガラスの国境』(水声社・寺尾隆吉訳)を買った。読むのはだいぶ先になりそうだが。

f:id:guangtailang:20240902124134j:imageつくりもののように微動だにしない加須のヤギ。

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