川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

築53年の部屋

6日。以前、百貨店共通商品券15,000円分をファさんにあげたのだが、それを使って池袋で買い物するというのでつきあう。もうすでに疲れるような予感がする。そのかわり、昼に羊肉串を食うぞと僕は言う。例の火焔山だ。駅についたのが昼時だったので、そのまま北口に向かう。電車でも地下街でもたしかにインバウンドらしき外国人の姿を見ない。ただ、北口では日本在住であろう中国語話者を相変わらず見る。

f:id:guangtailang:20201206160211j:image羊肉串と書きながら、フェイントのようにミルフィーユ鍋を出します。日付も5日に巻き戻ります。けっこう前から予定していた「師走鼎談」を、西新宿にある築53年のビルの一室でやるということで、土曜日の仕事を半ドンであがり、いそいそと向かいます。すでにSとJは現場に着いており、ミルフィーユ鍋他つまみの準備、動画撮影のセッティングなどを終えていました。今回の鼎談をかいつまんで説明すると、Sという博覧強記の男を両側から挟んで、Jと僕があらかじめ用意した質問を彼にぶつけるというものです。Sならば必ずや質問に対して豊饒な回答をくれるだろうという期待がJと僕にあり、それらを融通無碍に広げつつ酒を呑みつつ壮年の衰えを楽しもうという企画です。従って、1個の質問・回答で数十分を要する場合もあります。僕が最年長。SとJが同級生。フジエダヌードをやるのはこのJです。

f:id:guangtailang:20201206160357j:image築53年の部屋もあらかたインバウンド客相手の民泊として機能していたのだろう、壁紙に赤富士、畳マット、ちゃぶ台、アンティーク箪笥、ここには見えないが提灯やぼんぼりなど外国人が喜びそうなアイテムがごた混ぜに置かれています。浴室を覗くと壁が水色にペイントされ、風呂はバランス釜でした。80年代昭和歌謡が流れる中、ミルフィーユ鍋をつつき、ウィスキーを舐め回せばそろそろ気持ちよく、さんにんはソファに移動し、動画撮影が始まります。

4時間半以上にわたった鼎談の濃密な内容をここには書きませんが、前半2時間に比して後半2時間の流れ去るのの早いこと。何か大いなる力が働いていたのか、途中からパソコン脇のぼんぼりのひとつが激しく点滅していました。ここに書いたとしても彼らのまなこに触れるかどうかわかりませんが、SとJの人格の得難さを、酩酊した頭で僕は再認識していました。父親の仕事の都合で全国を転々としてきたSがいかにして現在のSとなったかのエピソード群(その中にはミッション系スクールでの彼らの邂逅も含まれます)は興味深いものばかりでした。時の話頭に影響されたのでしょう、パセティックですが、僕たちはこうしていながらもいつなんどき死んでしまうかわからないなどと考えました。楽しい時ほど、こうした考えが脳裡をよぎるというのも人間にはあることです。ふたりが壮年の身体に少年のような表情をのせて中国SF小説の話をしています。明日、僕も『三体』を買わなければと心に決めました。

f:id:guangtailang:20201206160442j:imageそしてまた6日となる。火焔山でハラルフードの蘭州拉面2碗と羊肉串6本を注文する。入店した際、ファさんが座席の密着度合を厭い、きょろきょろしながら突っ立っていたので奥の男性服務員が一瞬顔をしかめたのだが、なじみの女性服務員がやってきてカウンターの椅子を一個ずらし整えてくれたので、ファンさんも納得する。しかしその上で目の前の黒いプラスチック箸ではなく、一次性筷子(イーツシンクワィズ)を要求する。ここの羊肉串は食べ甲斐があるが、僕が4本ファさんが2本と思っていたところ、彼女が1本をなんとか食べ切ると、あとは全部食べていいと言うので、遠慮なく串から串にかじりつく。食べ終わってマスクをすれば、内部でクミンやらなんやらスパイスの匂いが充満する。ファさんのおごり。

f:id:guangtailang:20201206202700j:image東武、西武の広大で人もまばらなフロアを行きつ戻りつする。蝶のようにひらひらと店舗から店舗へと移り、衣服を手に取って試着を繰り返す。序盤こそ僕も似合うとかなんとか短くコメントするが、だんだんと生気を無くしていき、中盤からはフィッティングルーム脇の椅子に呆然と腰掛けている。彼女はなぜこんなにも元気なのか。終盤、アプリの歩数計をみると、驚くべきことに百貨店の移動だけで6,000歩近く伸びていた。再び東武に来た時、失踪するかのように上階の書店へ向かい、『三体』三部作を買った。正月はこれで過ごすかもしれない。ファのもとに戻り、怒っているかと思いきや焦点の合わないような目をしてぼんやりこっちを見ているから少し気の毒な気がし、反省した。 

結局、かなり最初の方に見て僕もいいと言っていた柿色の、袖部分が洒落た切り返しになっているセーターを13,000円くらいで買った。一個思い出したが、どこかの店舗でファさんが試着し、気に入らなかったみたいで衣服を返し、出ていく後ろ姿に服務員が「素敵に着ていただいてありがとうございました」と声をかけ頭を下げた。買わなかった人間にこうゆう言い方があるのかと僕は思った。日本以外の国で同状況でこうゆう言い方をする人や場所があるかしら。

帰りの日暮里駅で僕は若廣の焼き鯖寿司を買った。