川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

十二月また來れり。

f:id:guangtailang:20201204120844j:image師走か。一体なんだったんだ2020年。去年のラグビーW杯を遠い昔のことのように感じる。あの、台風一過の横浜で行われた運命の日本対スコットランド戦。あれほど心震える試合もめったになかった。

以前に言及したことがあるが、自宅の真ん前で計画されているマンション建設の用地買収はついに終了したらしい。ある朝、抄太郎が玄関を出ると、スーツ姿の男が前の道路に立って向かいの建物を見上げている。ぴんときて、自宅を指さしながら「そこの者なんですけど、これは解体するんですか?」。スクエア型眼鏡の男は振り向くとちょっとのあいだ抄太郎の顔を見つめ、「はい、解体します」と答えた。「私が聞いている話だと、マンションが建つそうですね。解体するのはそこからあすこまでですか? 」と腕をひろげて示すと、「はい」と軽く頷く。「いつ頃から始まるんですか?」「予定としては、12月中を考えています。またあらためてご挨拶に伺いますので、よろしくお願いします」「ええ。で、(建築)工事が始まるのはいつ頃ですか?」「来年の春頃、4月か5月ぐらいの予定ですね」。かすかに西のイントネーションが混じった。事務所に着いてから向かい一帯の登記簿をあげてみると、すべて大阪の不動産会社の名になっていた。

売らないとがんばっていた84歳のじいさんも87歳のばあさんと別居するかたちで引っ越し、もう一軒売らないと言っていた一家も世田谷の経堂に去ってしまったと聞いていた。最後までがんばったから多少上乗せして買ってもらったに違いない。じいさんが土地を売らないと変な地形になり、計画に大なる影響を及ぼすから業者も真剣だったろう。それにしても、こんな駅と駅の谷間の交通の不便な場所で、このコロナ時代によくやると思う。一頃、駅近の土地買収はホテルとの競争に敗れ、この辺り一帯までマンション業者は押されてきたのだと父親などとも話したものだが、そのホテルが今悲鳴を上げている。毎年業界の新年会で使っていた池沿いのホテルは早々と決断し、8月末に閉館した。

マンションが建つと、南側に面した自宅のベランダに日光は射さなくなる。考えるだに気が滅入る事実だ。まあしかし、そもそもが下町の住宅密集地だし、マンション地獄の東京ではあまねく起こっている現象で、ここに住んでいる限り仕方のないことにも思われる。よほど太陽が恋しくなったら、その時は安くてもなんでも売って引っ越すしかない。今考えるべきはもっと手前の段階、解体工事中、ベランダに瓦礫の破片やゴミが飛んでくる可能性がある。いくら養生シートで覆ったところで洗濯物が粉塵で汚れる可能性もある。 だから、期間中は頻繁に撮影しよう。万一、被害があった場合、ビフォー&アフターで画像を見せれば、明白な証拠となる。なんでここまで言うかというと、損害を被った人を身近に知っているからだ。その人は客観的な証拠を示せず、解体業者は知らず存ぜぬを貫き通した。

蛇足ながら、上述の高齢のじいさんばあさんがなぜ引っ越しを機に別居したかというと、すでに離婚した状態で同居していたのだ。ばあさんはじいさんの人格をなじり、じいさんはばあさんに認知症の気があると言う。抄太郎はふたりとそれぞれ話をしたことがあるが、どちらの言い分もわかる。それにしても、高齢でよく引っ越し先が見つかったものだ。まとまった金が入ったから、通帳を提示したのかも知れない。じいさんの書架に三島由紀夫の名を見た。

f:id:guangtailang:20201204121014j:imagef:id:guangtailang:20201204185057j:image4日午後、お客さんからの貰い物。ころ柿と韓国のり。のりをくれた女性は漢字をすらすらと書く。訊けば、中国吉林省出身で、韓国の大学に留学したのだという。延辺(イェンビェン)か…と久々に心の中で呟いた。