川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

・串店にて

f:id:guangtailang:20220204111531j:image〈この階段は88段あります〉と上り口横の壁にデカデカ表示している。そのように書かないと地上まで長過ぎるとクレームが来たのだろうし、今後も来ると考えたのだろう。狭い階段はたしかにそこまでの段数があるように見えない。せいぜいその1/3といった風情だ。76kgまで体重の減った僕は四角い螺旋を上る。センサーが反応して先の電灯がぱっぱっと点いていく。地上に着くといつも使う出口とたいして変わらない場所に出た。新設されたのか出入口5。

f:id:guangtailang:20220204111542j:image上野と池袋の串店に通い過ぎて、常に財布にこのサービス券が入っている昨今だ。たしか新大久保にも店舗はあるが、券には載っていない。羊肉串伝道師の畏友Jなど店の席図を把握しており、食事風景を送ると僕らが座った池袋・串店の席を太陽光線の射し方から当てようとするほどなのだが、Mの両串店に対する印象もまた、池袋・串店は7階だから窓際は陽当たりがいい、上野・串店は地下の小ざっぱりした居酒屋の趣きあり、夜行性のイメージだと言うのだ。

追記:早速Jから反応があり、新大久保は店名が同じで、同じく羊肉串を出すが、系列が違うとのことです。

f:id:guangtailang:20220204150208p:image椰子汁(ココナッツジュース)の提供の仕方が缶にストローを挿したそのままか、ビールジョッキに移し替えるか、それは僕らにとってあまり問題じゃない。羊肉串の下味が池袋が上野に比してやや濃いというのも問題じゃない。ただスパイスの皿に焼いた肉や脂身を押しつければそれでよろしい。いずれも美味で間違いない。

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羊肉串に目を奪われて長年気がつかなかったが、上野と池袋のメニューは少し違うのだ。先日池袋・串店で3品目の料理としてピータン粥をたのんでみた。これが正解だったので、僕らは夜に上野・串店を訪れた時、粥を探した。が、見当たらない。それで185cmのベイファンレン(中国東北人)服務員に粥の有無を訊ねるとスープしかないと言う。あるいは大陸的融通無碍を発揮してつくってはくれないかという淡い期待で、「池袋の千里香でピータン粥食べたんだけどねえ」と呟いてみるが、断じてスープしかないと言う。それで仕方なくサンラータンをたのんだ。Mは辣いのが苦手なので微辣にしたのだが、むせたのは僕だった。【写真は本人の掲載許可を得ています。念のため】

f:id:guangtailang:20220204120006j:image〈背ぇ高顔〉という概念が、世の中の女性について実はある。わかりやすく何人か例を挙げると、冨永愛天海祐希菜々緒シシド・カフカMs.OOJAといった方たちで、たとえば彼女らの誰かがカフェで椅子に座っているとしよう。身体のバランスは確認できず、顔と上半身くらいしか目視確認できないとしよう。それでも皆思う。背ぇ高いんとちゃうんけ。確実に170以上ありますよね。デニムの裾が足りなくて困って海外のものを穿くと今度はウエストとお尻が大き過ぎちゃうんだよね。並んで立ったらただでさえおれの方が低いけどヒールを履いてさらに見下ろして下さい、と。あえて背ぇ高顔の特徴を述べれば、面長、切れ長の目、高い鼻梁、シャープな(エラが張っているくらいの)あご、全体的に顔の肉づきが薄いといった感じか。丸みが少ないのだ。勿論、例外はあるから前述の特徴をすべて備えていて153という人もいる。その人があなたの友人ならこう言えばいい。「背ぇ高顔だけど小柄ってギャップ、いいじゃん」。それで羊肉串をかじりながら、ヴェルベットスキンをやった当日で顔にうっすら赤みの残るMの身長は170弱なのだが、「きみは背ぇ高顔ではない、顔でいえば158顔だ」と言ったら、大層笑った。先ほどの畏友Jなどは前述の背ぇ高顔5人衆が少女時代さながらヒールを履いて目前にすっくと立ち並んでいたら、ニヤニヤと見渡し、中の誰かに抱っこをねだってしまうのだろう。彼はそうゆう資質の男だから。僕だって偉観にしばし呆然とすると思う。宝塚男役顔と言ってもいい。男装の麗人というのがまたとてつもなく似合ってしまう。会ったことのないSの写真を見て、「こんなもん、背ぇ高顔やん」と喝破したJ。174。女性の身長としてオランダに行ってさえ通用する(北京冬季五輪のスピードスケート系でオランダ人選手のプロフィールをご覧下さい)。