先月28日にHさんの自転車が撤去された。その日の夜、彼女から連絡が入り、最寄駅にある区の駐輪場の、たしかに駐めたその場所に跡形もないとぎゃーぎゃー騒いだあげくに徒歩で帰宅、玄関の鍵を開ける音がした。僕はゆるゆると身を起こし、下りていった。「小日本!(度量の狭い日本め!)」と興奮するHさんに「规则是规则(規則は規則)」となんともつまらぬ返しをし、まだ罵るので、「那你回中国去吧。那边是乐园对吧?(じゃあ、中国に戻れば。あっちはパラダイスなんでしょ)」と言うと、やっと笑った。歩きながら、撤去された理由に思い当たったのだ。
その場所は「障碍者及び65歳以上」の人専用で、Hさんが登録した際には無論別の場所があてがわれた(手続きは僕がやった)。彼女はそれを承知の上で、この暑さに負けて、正規でないその場所に最近駐め始めた。首を伸ばしてエアコンの風を浴びているHさんに「去一趟(ちょっと行ってくる)」と言い残し、自転車保管場所を知るべく、看板のあるそこまで僕はゆるゆると自転車を漕いだ。思い返せば、一、二度彼女に注意喚起した覚えもある。案の定という思いが強かった。蛇足だが、この時ノーパンにジーンズを穿いて出かけた。
Hさんでは到底たどり着けそうもないその場所は高架の真下にあった。ぎらつく太陽に慣れた目には余計に薄暗く、プレハブの小屋が一応はあるのに、どこからかあらわれた傴僂のじいさんに導かれたのは上のような空間だった。じいさんは掛時計の前に僕を座らせると去り、指示したHさんの自転車を手際よく曳き出してきた。書面を取り出し、じいさんがなにやら喋り始めた瞬間、鋼鉄の車輪が線路を軋らせる凄まじい音が響き渡り、何も聞こえなくなった。それが止み、僕がじいさんに話しかけた瞬間、再び鉄が鉄を軋らせる耳を劈く音が響いた。この傴僂のじいさんは一日中ここにいるのだよなと思った。耳栓したくなる轟音は勿論のこと、春夏秋冬いずれも厳しそうな場所だ。言われていた費用を支払い、Hさんの自転車に乗るとサドルの感触が硬かった。ついでにブレーキの加減も僕のとはだいぶ違う。事故を起こさぬよう、ゆるゆると漕いで帰った。