川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

水の影

Hさんの誕生日は12月26日であるが、これは登録上そうなだけで、実際は違うという。じゃあいつなのとその答えを聞いた気もするが忘れてしまった。まあでも出会ってこの方24日と26日のあいだのクリスマスに一括して祝ってきたのだから、今年は特に日曜日だし、この日は我を彼女に捧げるのだった。

f:id:guangtailang:20221225202219j:image目黒雅叙園のパンドラというカフェラウンジに行きたいというので、何年かぶりに目黒駅に降り立つ。Hさんは今年4度目らしいが、パンドラに足を踏み入れたことはない。紅のロングコートを纏う彼女をみて『津軽じょんがら節』(1973・斎藤耕一監督)の江波杏子を思い出す。蛇足ながら、僕の好きな映画に同監督の『凍河』(1976)がある。坂を下って到着。

壮大な吹抜けの下にそれはある。大ガラスの向こうには人工の滝が落ち、周囲の樹木は紅葉を残している。流水の影がラウンジの天井や壁につくる揺曳が美しい。受付で現在満席で30分程お時間いただきますと言われるが、エスカレーターで上まで行って下りてき、Hさんがトイレを済ませ、屋外に出て僕が滝の裏を回っていると電話がかかってきた。

f:id:guangtailang:20221225202215j:image僕らの席の隣りに黒装束でパソコンを開き、しきりに電話で話している茶髪の30年配の男がいる。たのんだ飲み物はとっくに空で、水を何度か注がれているようだ。Hさんの後方には白髪を後ろで結んだ恰幅のいい初老の男が座り、ビールをぐびぐび飲んでいる。その後ろには通路に面して豪奢な暗がりのレストランがある。それらを眺めているとHさんのモンブラン、僕のチーズケイクが運ばれてきた。

f:id:guangtailang:20221225202236j:imageさて目黒をあとにした僕らは本日のメインイベント、Hさんにニューヨーク発祥ブランドの革鞄を買うべく蒲田に移動した。僕は久しぶりだが、彼女はしょっちゅう来ているので広い駅構内をすたすた歩いていく。僕はその背後をにやにやしながらついていく。こう書くと気色悪いが、浙江省出身の女が東京育ちの男よりこの駅に詳しいというのはちょっと愉快ではないか。エレベーターで6階に上がり、彼女行きつけのレストランで食べ放題といういろいろのパンを頬張るランチ。メインディッシュの分量は少なめだったが、それを事前に出てくるパンで埋める戦略かとも思えた。

さらなる移動のため改札に向かう彼女がふと足を止めた。目的のブランド店が目前にあった。以前から目をつけていた黒の革鞄をすぐに見つけ、入店するとそれを矯めつ眇めつする。店員が寄ってくる。鞄を持った姿を鏡に映したりいろいろやって、在庫を確認する。するとこれが最後の1個だと言う。Hさん納得し、磨いてもらう。ところがその過程で糸のほつれが見つかり、それなら本来の川崎の店に行きましょうと店を出る。

f:id:guangtailang:20221225202222j:imageルーファ広場(と呼ぶらしい)に向かう角のわかりやすい場所に店舗はあった。Hさんが頻繁に川崎を訪れているとは聞いたことがないが、この広い駅構内も迷いなく先に立って進んでいく。うちで土地管理させてもらっている100歳位の地主のおばあさんがここのタワマンの上階に住んでいるという話をする。目を丸くするから、もっともすでに窓口は娘さんに移っている、その人も70歳くらいだけれどもと付け加える。

ニューヨーク発祥ブランドのラゾーナ店舗は大きい。すぐに目的の品を見つけ在庫を訊ねると、ここでも最後の1個だと言う。その黒と別のダークな色を両方持って鏡の前に立つHさんに、責任者ぽい年嵩の女性店員が〈お顔が派手でらっしゃるので、黒が似合うと思います〉と言う。広場からなにかのイベントのベースの野太いリズムが聞こえてくる。客はひっきりなしに入ってくる。Hさんの名前かイニシャルを1,000円で革タグに入れられるというからたのむと、こちらでお待ちくださいと白いもこもこした椅子を勧められたが、僕らは立っていた。彼女が僕に書いてとペンを渡され、〈HUANG〉と書く。これがワインレッドのタグに打刻される。

写真は埼玉の武里に住むHさんの友人がつくった自家製ソーセージ。

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