川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

壮年時代

頭になんとなく靄がかかっているようで、ぼんやりしている。

YouTubeにあがっていた1980年代初頭のトーク番組『悪友親友』から。タイトルの中に「1980年頃」とあったが、ふたりのトーク内容(1932年1月生まれの藤田敏八監督が来年大台〈50歳〉に乗るとか、原田芳雄が架空の村落を舞台した『百年の孤独〈のちガルシア=マルケスの小説との著作権問題から『さらば箱舟』に改題』〉』で沖縄ロケに行くと言っていることから、81年後半あたりじゃないか。

f:id:guangtailang:20220917223254j:imageいずれにしても、サングラス姿でタバコをすぱすぱ吸い、グラスを舐めながらトークするふたりに魅了され、激励された。このふたりは僕にとって特別だからだが、それにつけても40台も後半に差し掛かり、ほとんど70、80年代文物からしか賦活されなくなっている自分がいる。困ったなあ。困ってないなあ。ちなみに僕はタバコは吸わないし、嫌いです。

f:id:guangtailang:20220917223304j:image15日の夕刻にMとその友人とさんにん御徒町で羊肉串を食べたのだが、たぶん2時間くらい経った頃、酔った僕がMを批判した。というより面罵という方が近かったのかもしれない。僕の言葉がさすがに過ぎたからか、Mも珍しくかなり反論した。切れて血の出る言葉の応酬となった。

今年の4月16日に大塚で彼女と会った時に聞いた話の続編は、それを持ち出すと僕が不機嫌になるという理由でMは封印していたらしい。しかしこの日、それを知らない友人がするりとそこに話頭を転じた。予想だにしない大転回に僕は驚き、つづけてそのことを5ヶ月間隠されていたという幼稚な怒りが湧いた。アルコールが加勢して言葉がみるみる強くなった。

とまあ、こうやって書いてもその内容を書かなければ何のことやらなのだが、やはり内容を書くのは控えさせてもらいます。ちなみにMはほとんどしらふでした。

f:id:guangtailang:20220917223310j:image17日にMと大宮の氷川神社を参詣する約束があった。それで僕は16日の晩悶々として、パンツ一丁で書斎の絨毯に仰臥して天井を睨んでいた。そして思いついたようにスマホにメモを取った。Mの体調が思わしくないので、日を改めてもいいよとラインで送ったのだが、そこからお互いに話すことはそれだけじゃないだろうとなり、メモを送ると、彼女の切っ先の鋭い言葉が次々返ってきて、ああついにこれだけ言葉にしてくれたのだと素直に感動した。思惟していてもぐっと堪えて、平生容易には言葉を溢れ出させない彼女の覚悟を感じた。と同時に自分のメモの生熟れが露わになった。まあメモだからね。僕の心は抉られたが、奇妙に微笑したいような気にもなっていた。出会って1年7ヶ月、初めて電話で会話した。

ありがとうございます。こちらこそ。と電話を切り、僕はまず自分が変わらなければと痛切に感じた。

f:id:guangtailang:20220917223319j:image17日は場所を変更し、恵比寿で会った。銀座というレトロな喫茶店で。