川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

モモさん

f:id:guangtailang:20201213161211j:image11日、6時半。帰宅するとモモさんがいた。エプロンをして台所に立ち、その横でファさんが早口で喋りながら手伝いに回っている。うっすらと聞いてはいたが、モモさんが大闸蟹(上海ガニ)を持って料理を作りに来るというのは今日だったのかと思う。モモさんは上海出身の60代のおばさんで、錦糸町のマンションに日本人の夫と住み、2年くらい前にファさんと九段下かどこかの衣服のバーゲンセール会場で知り合って以来、仲良くしているといった程度の情報しか知らないが、抄太郎も何度か会っており、そのうち一度は大洗までさんにんでドライブし、昼飯をおごってもらっていた。今夜は上海ガニを祭りのレベルでおごってくれるらしい。万歳。

上の烤麩(カオフ)というのは上海料理なのかしら。ファさんの好物であるが、彼女自身は作れない。モモさんは手際よく作り、さっとテーブルに置く。抄太郎もつまむと甘い醤油のような煮汁がジュワッとしみ出す。彼は黑木耳(キクラゲ)が好きだから一緒に食べる。そのうち、巣鴨上海料理店で食べたことあるのを思い出した。あの線路が谷になった道沿いの店はまた行きたいな。上海料理は砂糖の甜みを使う料理が多い。ファさんも基本、そうゆう味つけをする。

f:id:guangtailang:20201213161501j:image怒ったように赤々とした三匹の蟹。ここには写っていないが、腹側にフンドシをしたオスである。茹で上がりの時間を綿密にチェックしながら次から次、計11匹をテーブルに出す。緊縛は手で解ける。抄太郎は蟹食べの面倒くさがりなので、脚はその部位を好物としているファさんにあげる。彼はフンドシを剝がし、甲羅を外すと、両側のガニ(肺)をもぎ取り、ミソ(精巣)にショウガ入りの黒酢を流して混ぜ、脣で吸う。美味という他ない。

f:id:guangtailang:20201213161548j:imageほとんどちゃんと読んでいないが新聞を一応はとっていて、こうゆう時に役立つ。雨で内側まで濡れた靴を乾かす時とか。汚い画像で恐縮です。筑前煮大好き系男子というのがいたと思うが、モモさんが作り方をファさんに教えていた。抄太郎はあれば食べるくらいである。彼とモモさんは紹興酒を飲み、紹興市出身のファさんが梅酒(彼女はウメヂュと発話する)を飲む。ところでこのたび立派な上海ガニが手に入った経緯は、ファさんが知っている西川口の餐厅を通してのことらしい。11匹でいくらか訊かなかったが、上野のアメ横センタービル地下で買うよりだいぶ安いのだという。以前モモさんに分けたら彼女が絶讃し、今回モモさんが購入、どうせなら拙宅でさんにんで食べようとなったらしい。

先日、福井は高浜の越前ガニについて語ったが、上海ガニをこれだけ食べるというのも今までなかった。抄太郎はのけぞりながら紹興酒の入ったグラスを白色電灯に透かした。彼女たちの尽きせぬ雑談がつづいている。食後の果物として林檎、柿、梨があったが、上海ガニに柿はダメらしい。梨を選択する。最後の梨をかじりながら、彼は自転車で事務所に向かう。大型カレンダーを取りに行くのだ。途中、スポーツジムだか格闘技ジムの前に若者が数人立っていて、ひとりが短パン姿だったが、脹脛の筋肉が盛り上がっていた。こっちは禿げて肥えたおっさんだが、躰を鍛錬して筋肉を纏うことはできると思った。つづけて、ただ思うだけじゃダメだ、実行してなんぼなんだよと自らを叱った。

f:id:guangtailang:20201213161902j:image13日。終日蟄居。横臥しながらラグビーの大学選手権を観る。慶應義塾京産大、つづいて筑波大対流経大。後者の試合は終始白熱して目が離せなかった。80分以上を闘って同点。トライ数、ゴール数も同じだったため、抽選となった。最初にジャンケンをし、封筒を引く順番を決める。封筒を開けるとそこにまた引く順番を書いた紙片が入っている。二段階なんだと思った。そこから筑波大が先に流経大側の封筒を取る。残った封筒を流経大が取る。開くと、はたして勝ち上がりの出場権を得たのは流経大であった。ここまで両者拮抗する試合もそうはないのだろうが、引き分け抽選はちょっとむごいよなあと切なくなる。

f:id:guangtailang:20201213161915j:imagef:id:guangtailang:20201213211238j:image刘慈欣『三体』(早川書房)を読み始めた44歳。今日は111頁まで読んだ。中国人の名前を覚えにくいという誰かのコメントがあったが、登場人物表がついている。幸い44歳にそれはなかった。露文学のロシア人名の方がややこしい。あの父称とかさ。ただ、小説中に美貌の描写が出てくると、ロシアでは掛け値なしにそうでしょうねと思うんだ。著者は山西省出身だというが、陽泉市というのは初めて聞いた。そんなこと言ったら、贾樟柯の汾陽市だって彼の存在とともに知ったが。いずれにしろ、山西省ベイファン括りです。