川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

壮年の倦怠 ─80年代初頭─

f:id:guangtailang:20200828212753j:image28日。80年代映画の企画上映、今日で終わった。5本観たら1本無料になるからそのつもりで観ようと、スタンプカードももらって意気込んでいたが、数日前に熱中症の初期症状を発して、断念せざるを得なかった。

外回りに午後を費やし、事務所に戻ると妙に躰全体がだるい。それもただの疲労だろうと気にせず、パソコンの画面に向かった。すると、目がチカチカして文字に焦点が合わない。瞬きしたり指で瞼を揉んでみるが相変わらずで、そこで初めてあれっと思った。なにしろ今まで熱中症にかかったことがないから、わかるまでが鈍い。壁のカレンダーに目を転じても、やっぱりチカチカして数字がまともに見えない。そんな状態で熱中症の症状だけ調べて、どうやらあてはまるとわかると、あとはぼんやり残りの1時間を過ごし、帰宅して裸でシャワーを浴びて眠った。Hさんにはとにかく疲れているんだと言って。起きてみると、症状はなくなっていた。

最初に観たのは、DVDなどソフト化されていない『夕暮れまで』(1980・黒木和雄監督)。冒頭、静岡かどこかの海岸地帯を旧式のバスが走る。フィルムがかなり褪色しているな。小ぎれいな身なりの桃井かおりが運転席のすぐ後ろに座っており、スーツ姿の伊丹十三がいちばん後ろの座席にいる。客が次々降車し、岬の停留所が近づいた頃にはふたりだけで、桃井が伊丹の隣りにくる。タイトルバック。吉行淳之介原作の年齢の離れた男女の奇妙な関係を描いたものだが、桃井のけだるい声のやめてよぉーが耳に残る。この時彼女はぎりぎり20代くらいで、伊丹は40代後半で演じている。桃井はきれいだが、彼女のカマトトぶりを受け入れられるかどうかが、ひとつの分水嶺になりそうだ。食事の場面がよく映されて、性の暗喩になっている。アワビがずばり出てきたり。あと、伊丹の運転場面もよく出てくるな。バイクで転倒した若い男に瓶コーラを買ってやったり、和服のママを揉みしだいたあと真夜中の踏切で貨物列車の通過を眺めたり、霧の埠頭で桃井がクルマから降りて逃走したら自転車の警官が追ってきたり、ラストのやはり霧の立ち込めた長い階段の高架駅の前にクルマを停めて別れ話がされたり、シュールな場面が印象に残る。加賀まりこの不敵なさまが良い。

次に観たのが、『スローなブギにしてくれ』(1981・藤田敏八監督)。これはもうDVDで5、6回観ている。まあ私にとっての偏愛映画というわけだが、スクリーンで観るのは初めて。いつかどこかのタイミングで是非映画館の大画面で、とは思っていた。あらためて観てみて、浅野温子の映画だと思った。演技が上手いのかどうかわからないのだが、野良猫のように漂泊するこの役はこの瞬間の彼女以外に考えられない。藤田監督はやっぱり劇伴の使い方がうまい。ムスタング山崎努はじめ、原田芳雄などに〝死への傾斜〟を見る向きもあるが、私はあんまりそう思わない。ここに表出されているのはそんな大袈裟なものではなく、つまりは〝壮年の倦怠〟ではないか。原田は結果的に心臓発作で死ぬが、部屋を出ていく前のあのスローモーションが死を暗示しているという。しかし私は、ワインレッドのガウンを纏ってカウンターに座り、原田を見送った山崎の顔のクローズアップの、なんともやるせない倦怠の表情に、この映画の主題を読み取りたい。積極的に死へ向かうということではない、ただ、倦怠ゆえの投げやりを感じる。それが何かの拍子に先鋭化すると、別に死んだって構わないんだという死への傾斜に似るのかもしれない。おれと一緒に心中できるかと浅野に訊き、仙石原の断崖へムスタングを疾走させる山崎などそうだろうが、あれとて半分冗談(実に悪趣味な冗談だが)だと私には思える。最後、ムスタングごと埠頭から海に落下し、結果的に自分だけ助かって女(浅野と別人)を死なせてしまうのは山崎自身に死ぬ覚悟のない証左。波打ち際、夕陽に照り映えるムスタングの車内にタイプライターがオーバーラップする画面。あれなど壮年の倦怠のもっとも美しい映像表現だろう。ほとんど泣きかけた。スナックの店長、室田日出男もあらためて良い味出していると思った。山崎努は40代半ばで演じているが、私はその年齢に達しつつある!

※また、壮年の倦怠は、〝青春の終焉〟と言い換えることもできる。劇中、原田の通夜で山崎が、あれ、張り切ってやったのヤング・アメリカ展だっけ? なんでもヤングつければいいと思って、ヤングってなんだ! とひとりごちるのだが、そう、青春とはヤングとは「張り切る」ことなのだ。己の内部で、そうゆう張り切る時代の終焉を感じている。原田の死によってより痛切に。

最後に観たのが、『キッドナップ・ブルース』(1982・浅井慎平監督)。これもフィルムが褪色。ブレイクする前のタモリが主演した異色作で、終始タモリ並びに彼と一緒に旅をする(誘拐された?)幼女の佇まいでもっている映画。『スローなブギにしてくれ』の後に観たから余計思ったが、映画としての構成力は雲泥の差。旅先で出会うひとびととの珍妙な交流がおもしろいかと言えば、あんまりそうは思われない。特に伊丹十三はスベッているだろう。終盤に田舎のスナックカウンターで根津甚八がプレイボーイバニーについて語るところは個人的に好き。地方の洒落者教師といった風情。有機的につながるわけでもない珍妙エピソードの羅列(ロードムービーだからそうならざるを得ないとしても)は、映像科の美大生とかが考えそうだが、お友達をたくさん出演させて、浅井氏は40代半ばでつくっているんだなあ。