川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

繁矢のドラマ

日活・日本テレビ制作のテレビドラマ『颱風とざくろ』(1969)をDVDで。全13話のうち9話を監督した藤田繁矢は藤田敏八の前身というか別名である。以前から観たかった昔のドラマのひとつだが、このたびDVD化されたので即座に買って、第1、2話を観た。原作は石坂洋次郎。脚本は倉本聰。現在の倉本は大御所感漂うが、藤田よりも年下だったんだな。【以下、役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

いわゆる学園紛争(全共闘)の時代が描かれており、大学病院に勤める緒形拳がアイビールックで颯爽と歩いてくる。半世紀前なのだが、現在でも通用する洗練された出で立ちだ。周囲に政治スローガンの書かれた看板が立っている。冒頭、女性の台詞にあり、観ていくうちにもわかるのだが、緒形はかつて運動(闘争)のリーダーと目されていたのだが、現在はそれから距離を置き、かつての仲間から裏切り者呼ばわりされている。蛇足ながら、私の父親が69年当時大学生で、この頃の話は折に触れ、断片的に聞かされてはきた。といって彼自身、熱狂的に運動に参加していたわけではなく、友人たちと連れだって時代の波に乗っていたようなことだったらしい。それだけに客観的なところはあるかもしれない。さて、颱風の「たい」は「颱」でなければいけない。そして、ざくろは「柘榴」ではない。フェティシズムである。

f:id:guangtailang:20190731122208p:plain女子大に通う葬儀屋の娘、松原智恵子。その女子大に緒形が軟式テニス部のコーチとして赴任する。1969年は日本という国の青春、高度経済成長の真っ只中でもあるわけだが、そういう時代の茶の間。晩飯を食いながら娘と妻があまり愉快でない話をしていると、そうゆう話は触れるな、触れるな、触れるなを連呼して会話を封殺する父親の河野秋武。話頭を転じても、息子がバイクのことを持ち出すとまた触れるなと言う。戦前生まれの父親と戦後生まれの子ら。価値観の対立もこの先描かれていくのだろうか。他方、母親の坪内美詠子は、今の若い人には自分たちの想像もつかない「激しいつき合い方」があるのだろうと理解を示す。

f:id:guangtailang:20190731122317p:plainこのドラマではたびたび松原の顔がクローズアップされるのだが、それに耐えうるお人形さんのようなお顔だからいいんです。

f:id:guangtailang:20190731122351p:plain1969年の女子大生とキャンパス。白いのは緒形のランニングシャツ

f:id:guangtailang:20190731122430p:plainテニス部の女子が掠め取って枝に吊るしたランニングシャツを松原が家に持って帰り洗濯する。それを松原の弟、酒井修が姉に洗濯させたふてえ野郎だとばかり、患者を装い緒形の勤める内科までやって来て、シャツを突き付ける。その時の緒形の剽軽顔。

f:id:guangtailang:20190731122503p:plain勘違いの上に余計なことをした弟を睨む姉。松原のクローズアップ。

f:id:guangtailang:20190731122550p:plain会って誤解を解くために、そしてすでに淡い恋心が芽生えているからだろうが、松原は緒形を尾行する。緒方はパチンコ屋に入ったり、ポルノ映画を観たり、不忍池のベンチに座って犬に食べ物を分け与えたりしている。上野広小路行の都電、スター座、そして不忍池。私のよく知っている場所の半世紀前の映像が不意に映り、それが映った瞬間にわかってしまうので、郷愁のような感動がやってくる。

f:id:guangtailang:20190731122632p:plain不忍通り沿いの喫茶店に入るふたり。水槽越しに撮る。ドラマだけど、やっぱり藤田敏八(繁矢)の映像だと思う。そういう片鱗がいくつも散らばっている。『非行少年 陽の出の叫び』(1967)と『非行少年 若者の砦』(1970)のあいだに撮っているんだな。このふたつの「非行少年」は今観ても鮮烈だ。特に前者は。

f:id:guangtailang:20190731122749p:plainウェイターを通じて緒形に紙片を届け、反省せよという。緒形を裏切り者呼ばわりしているひとり、中尾彬。「そうゆうやつを、おれはまったく認めないね」という言い方など半世紀経った今でも使っているんじゃないか、この人は。ぎょろりとした眼光も変わらず。

f:id:guangtailang:20190731122826p:plain第2話。タイトルバックがここから始まるのも洒落ている。湖畔に向かって緒形が松原を乗せてドライブしているのだ。途中、交通事故を目撃し、乗っていた人間が多人数で殴り合っているのだが、結局我関せずで素通りしてしまう。藤田っぽいなと思った。

f:id:guangtailang:20190731225901p:plain松原のクローズアップ。緒方が谷川岳登山の様子を熱っぽく語る。それに真剣に耳を傾けている。この後ふたりはモーターボートで水しぶきをあげながら湖面を疾駆するだろう。

f:id:guangtailang:20190731225937p:plain松原を葬儀屋の前まで送り届け、「あした、うちに来ない?」と誘う緒形。役柄的に医者の倅で裕福な二枚目(イケメン)なのだ。30ちょっとの頃。

f:id:guangtailang:20190731230018p:plain緒形の父親で開業医の加藤武オススメの中華料理店で会食。ここでの会話で加藤と妻の葦原邦子は松原の出生の秘密について勘づく。

f:id:guangtailang:20190731230056p:plain松原の弟、酒井が姉を迎えにくると、緒形の妹、榊原るみがあらわれて、ぺちゃぺちゃ言い合い、榊原はクルマに乗り込んでくる。久方ぶりにおきゃんという言葉を思い出した。

f:id:guangtailang:20190731230132p:plain夜半にかつての同志に連れ出され、吊るし上げを食らった緒形。女子大の屋上。その一件に絡めて軽口を叩いた眼鏡の同僚に対し苦い顔で、「いやですねえ…。そうゆう言い方をするあなたも、それを黙って聞いているぼく自身も…」と私見を述べ始め、「とにかく、いやですねえまったく。自分自身が」と立ち上がる緒形。

f:id:guangtailang:20190731230159p:plain一方、松原は緒形の陰でちらつく、彼と親密な関係にあるらしい吉田日出子を探し出し、緒形についてあれこれ訊ねる。吉田はドラマの冒頭に出てきた女性だ。いかにも高度成長期らしい、向こうにクレーンやガスタンクの連なる運河だか川の突堤。ふたりの背後には丸太が積み上げてある。吉田は学生運動の闘士だから、その受け答えは現代にはないキャラクターだ。やりとりの中であらわれるお嬢様松原とのギャップがおもしろい。「でもどうして、あたし、あなたにこんな風に審問されなければならないの」という吉田の言葉を潮にふたりは別れる。

f:id:guangtailang:20190731230228p:plainこの後、ドラマは松原を追うんじゃなく吉田を追い、彼女がアパートに帰ると緒形が部屋に上がり込んでいる。スイカを食らう吉田。松原の前では冷静さを保っているようにみえた彼女だが、松原があらわれたことにより内心は穏やかでなく、切っ先を緒形に向ける。外は雨。

f:id:guangtailang:20190731230300p:plain雨の中を吉田の傘をさして歩く緒形。たいした雨じゃないと断る緒形に「下手ね」と投げつけ、「傘の1本くらい返してくれなくたっていいわよ」とつづける吉田。もう緒形がアパートの部屋にあらわれないだろうという強い予感があるのだ。その頃、松原は硝子戸を流れる雨粒がきれいだと見惚れていた。最後に赤い花を咲かせたざくろの枝が映る。

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