川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

69年

【以下、ネタバレあり。尚、役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】『颱風とざくろ』5~8話。緒形拳谷川岳で死に、松原智恵子の初恋は終わった。あれから1年。彼女は髪をバッサリ切ってショートになり、テレビ局の新人アナウンサーとして働いている。ここからドラマの第二部が始まるかのように、4話までのあらすじを女性ナレーターが喋る。そして朝陽を浴びるジャンボジェットにタイトルバックが重なると、そこから緒形の弟でアメリカ留学中だった石坂浩二が降りてくる。

f:id:guangtailang:20190808232817p:plain冒頭、酒井修が鏡に向かい自己の心情を吐露するが、彼は3浪となったのだ。大学紛争で入学試験が中止になったから。それで5、6話は目的を失った彼の青春彷徨も描かれる。とりあえず1浪の榊原るみを呼び出し、デートなぞしてみる。酒井は剽軽な上に陰翳もあって、おもしろいキャラクターだ。ビンパチはこういう若者を演出してこそ精彩を放つ。向こうにいる男女がなかなか洒落ている。

f:id:guangtailang:20190813194136p:plain一方、松原は新番組に抜擢され、そのスポンサーの中に緒形の後輩の岡崎二朗がいた。彼に呼び止められしばらく話すうち、「とってもあたし不思議なんです」と松原は切り出し、徐々に詰問口調になっていく。緒形を裏切り者呼ばわりし、去年の今頃はゲバ棒を持って暴れていた岡崎がいともあっさり就職している。そんな風に甘んじて入るわけ、体制の側に。岡崎は飄飄と受け流す。まあいいじゃないですか、どっかで飯でも食いませんか。ここからがおもしろいのだが、松原と酒井の待ち合せに岡崎もくっついてきて、さんにんで飯を食う。この場でも松原が岡崎の変節を詰り、彼もやり返す。酒井が茶茶を入れ、松原に叱られる。どうやら酒井は岡崎を気に入っている様子。

f:id:guangtailang:20190813194222p:plain酒場に移動。酒井が酔いつぶれ席を交換、松原の隣りに岡崎が座る。ここでも直情的にナイーブな議論をふっかける松原に、岡崎はのらりくらり言い返す。弟の酒井が入学試験を受けられなかったことに、大学をめちゃくちゃにした岡崎は責任を感じないのか。いや、そのことではむしろ感謝してもらわなくちゃいけない。松原はヒートアップする。だがきっと、彼女の怒りの底には岡崎が緒形を裏切り者呼ばわりしたことがあるのだ。ついに松原はスポンサーの岡崎にグラスの中身をぶっかける。そして言う。「番組を降ろさせて頂きます」。

f:id:guangtailang:20190813194303p:plainその後、意気投合した岡崎と酒井は典型的な「民コロ」に成り下がったという吉田日出子を見物に行き、挑発したことで連れの男に殴られ、夜は更けていった。それにしても吉田が高知に帰らず陋巷で吹き溜まっているのは、岡崎のような狡猾な処世術を持たなかったこともあるだろう。

松原は局の上司とスポンサーのところへ謝罪に赴く。ところが岡崎の上司、園井啓介は笑い飛ばした上、彼女の剛毅を気に入ってしまい、食事に誘う。彼に連れられて行った会員制クラブで、松原はフーテンたちの中に石坂を見かける。蛇足ながら、園井は73年に脱税事件で起訴され、芸能界を引退している。

f:id:guangtailang:20190813194344p:plain朝陽と夕陽の違いというのが画面で見てもよくわからないのだが、冒頭との呼応関係で、これは沈みかけている夕陽かしら。最後の2分くらい夕陽の映像で、森山良子が唱う主題歌「あこがれ」が流れる。

f:id:guangtailang:20190813194416p:plain第6話。電話ボックスとジオメトリックなワンピースの榊原。これが昭和レトロだ。

f:id:guangtailang:20190813194705p:plain酒井の青春彷徨はつづいている。夜のベンチで知り合った自作の詩集を売る女、益田ひろ子と一夜をともにし、童貞を捨てる。無論、テレビドラマだから露骨な描写はない。

f:id:guangtailang:20190813194527p:plain緒形の墓参りに来た松原と酒井は、そこでまたも石坂を見かける。エメラルドグリーンのシャツを着て髪を茶髪にしニヒルな笑みを浮かべる、現在の石坂しか知らぬ者にはかなり落差のある彼である。ただ、声と喋り方は今と同じだ。彼は松原の問いかけにも緒形の弟であることを否定する。酒井は石坂を追跡する。が、気づかれ去られると、そこに岡崎があらわれる。蛇足ながら、石坂の本名は武藤兵吉である。

f:id:guangtailang:20190813194607p:plain屋上ビアガーデンで喉を潤す岡崎と酒井。地縁血縁でこちゃこちゃ物語るのもいいが、ビンパチならやはりこういう斜めの線というか、このふたりの関係が濃くなっていくのがおもしろい。

f:id:guangtailang:20190813194806p:plain念のため名刺を渡しておいた石坂から呼び出される松原。喫茶店で会うと、緒形の弟であることを認める。話のなりゆきから「あたし、もしかしたらあなたのお姉さんになっていたかも知れない」と松原が呟くと、「おやめなさい! そんなくだらない家庭なんておやめなさい。僕はそうゆう会話は嫌いです」とはねつける石坂。話しているうちに失望した松原は本音を言う。自分が石坂を追いかけたのは、緒形の中にあった何かが、もしかしたら石坂の中にもあるかも知れないと思ったから、それだけだと。「おしまい。もう会わないわ」。松原の行動原理は徹頭徹尾、緒形の幻影を追うことにあるのだ。

f:id:guangtailang:20190813194900p:plain第7話。壁に画を描く画になる石坂。岡田真澄とともに画策している青春の記念碑としてのシルクロード探検の資金を捻出するため、松原のテレビ局に乗り込んでぴしゃりと断られ、石坂は松原の実家を訪れる。ちなみに、解説書によればシルクロードは「…1960年代、中華人民共和国ソヴィエト連邦の対立が深まり、インドやパキスタンを巻き込む紛争が起こるなど、簡単には行けない地域となっていた。NHKで「シルクロード」シリーズの放送が始まりブームが起こったのは、1980年代以降である」。このシリーズ番組のナレーションが石坂である。井上靖とか司馬遼太郎が出てきちゃうやつだな。

f:id:guangtailang:20190813194951p:plain松原は不在で、酒井の友人に間違われたので偽名を名乗って家に上がり込む。茶の間で繰り広げられる石坂による「宇宙講義」。受講生は松原の母、坪内。こうゆうのをやらせると石坂は淀みなくうまい。倉本の脚本にこのユーモラスな講義がそのまま書かれていたのか知らないが、ビンパチの遊び心が発揮されている。結局、石坂はさんにんに気に入られて夜まで居座り、ビールを飲みながら当時のヒット歌謡曲長崎は今日も雨だった」を合唱する。

f:id:guangtailang:20190813195026p:plain酒場でシルクロード探検の話を饒舌に語り、協力を持ちかける石坂。なんとなくほだされる松原。紫色の照明の洒落た店だ。

f:id:guangtailang:20190813195103p:plain松原は石坂に園井を紹介する。正直申し上げて、このドラマの中で松原と園井のラブロマンスほど興味の持てないものもなかった。分別臭い者同士がラブを語り合ったところでおもしろくもないのだ。ましてや、愛を語るより半ケツで踊ろうというような人物が出てくるこのドラマで。

f:id:guangtailang:20190813195137p:plain半ケツで踊ろうというひとり、岡田。30代前半で演じている。

f:id:guangtailang:20190813195216p:plain大阪出張に行く新幹線のプラットフォームから、昨日言い忘れたことがあると松原にプロポーズする園井。とにかく抑制的で物分りが良いという役柄。

f:id:guangtailang:20190813195302p:plain第8話。解説書より。「麻布プリンスホテルは、港区南麻布にあったホテル。そのプールは当時の若者たちにとって憧れの遊び場だったという」。こうゆうものが現役で映っているのも69年ならではだろう。ボンネットバスが都内を走っているのも趣きがあるし。

f:id:guangtailang:20190813195344p:plain69年の落ち着いて洗練された居間。加藤武葦原邦子の夫婦。葦原は50代後半で演じているのだが、加藤はこの時40やそこらで演じている。

f:id:guangtailang:20190813195422p:plain69年の中華料理店、獅子林の前。この店も今はないんだろうな。

f:id:guangtailang:20190813195506p:plain放蕩息子の帰還。「おまえの次元から言うと、お父さんのやっていることはナンセンスだ! どうもそうらしい」。石坂と親子喧嘩する加藤。このドラマにも頻出し、私の母親も当時を語る際のキーワードのように言うのが「ナンセンス」という語。

f:id:guangtailang:20190813195615p:plain親子喧嘩を通じて、世代の価値観のギャップを浮き彫りにする。口達者な石坂だったが、最終的に加藤にひっぱたかれ、実家をあとにする。

f:id:guangtailang:20190813195654p:plain再び麻布プリンスホテルのプール。松原をシャワーのある場所に追い込み、蛇口をひねる石坂。水が迸り、彼女はびしょ濡れになる。さらには接吻する。いかにもビンパチがやりそうな演出。ちょっと風紀委員のようなところもある松原を、アメリカ帰りのフーテン石坂がからかう構図。半分は本気か。それをプールサイドで見ていたやはりアメリカ帰りのフーテン岡田が酔狂を発揮して水に飛び込む。水も滴るいい男。身長184cm。

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