川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

惑溺と頼みの綱

f:id:guangtailang:20200721203109j:imagef:id:guangtailang:20200721203123j:imagef:id:guangtailang:20200721203137j:image『人間の絆』(原題 Of Human Bondage・1915)読了。ミルドレッドに尽きます。モームはよくぞミルドレッドという女を造形しましたよ。ペルシャ絨毯がどうとか他のさまざまな挿話は正直今霞んでいます。長編だけあって登場人物もそれなりに多いのだけど、ミルドレッドの生々しい実在感の前にみな後景に退いています。こんなことは滅多にないのだが、フィリップとミルドレッドのやりとりの部分だけ他の訳でも読みたいがために、岩波文庫版をアマゾンで買っちまいました。【以下、ネタバレあり】

ミルドレッドを悪女呼ばわりしているのをよくみるのだけど、悪女ってもっと賢くないですか。無論、定義にもよりますけど、悪女は自らを不利な立場に置かぬよう、手練手管を弄して狡猾に立ち回るでしょう(結果的に破滅することがあったとしても)。ミルドレッドにはそういう才覚が全然ないばかりか、逆に男に捨てられたりいなされたりと、結果捨て鉢なところがあるから、気がつけば奈落に向かってしまっている。その場しのぎの嘘をつくのがちょっとうまい程度の女なのです。そんなミルドレッドをフィリップは幾度か救済するのですが、彼女は結局自らをスポイルしてしまい、頼みの綱の彼がいなくなれば、あとは悲惨な最期が待っている。

こう書くとなんとも魅力のない女に感じてしまうが、スレンダーな美しい女で、生命力のなさげな肉の薄い顔にも独特の魅力があります。横顔がきれいだという描写がありましたかね。芝居を観に行けば大笑いし、お洒落が好きで、周囲を変に意識もせず、つまりフィリップのような斜に構えたところは少しもなく、素直に物事に反応します。純朴と言えば言える。彼が彼女に惑溺したのは結局そういう部分だと思います。自分には欠如している人間としての単純さ。さらには、放っておいたら危ういところへいってしまいそうな薄幸な感じ。イギリスだからそこに階級の違いとかも絡んで、彼にとって彼女とのあいだに在る「隔たり」が魅力になっている。

ミルドレッドがフィリップの鼻面を取って引き回しているといった印象はさほどないんですよね。むしろ、フィリップ自らが火中の栗を拾いにいっている。彼女の方は「紳士」である彼を終始手段としてみているだけだが、彼の方は決定的な訣別が訪れるまでは目的として惑溺しています。まあ、その後はフィリップの内部で変化が起こり、憐憫しかなくなるわけですが。

ミルドレッドとがちゃがちゃやっている最中にノラという賢く愛嬌がある女性と知り合うのですが、フィリップにとっては「都合のいい女」なんですね。ノラと一緒にいた方が幸福というか快適なはずなのに、やはり彼はどうしようもなくミルドレッドが気になっており、音沙汰があれば矢も盾もたまらず彼女のもとに走ってしまう。なんなんでしょうね、フィリップは、男ってやつは。ちょっと一発殴ってもらっていいですか、僕を。言葉がおかしいかも知れないが、手軽なものより敢えて面倒なものを求めてしまう男心。もう一発殴ってもらっていいですか。ノラは包容力の豊かな成熟した女性なので、フィリップが袖に縋る頃には別の男性との婚約が決まっているでしょう。

ミルドレッドという経験を通り抜けたがゆえに、サリーがフィリップにとって輝いて見えてくるということもあるんだろうなあ。家庭的なところの少ないミルドレッド。あの哀れな赤ン坊は絶対そうなるだろうと僕は思いましたよ。他方、大家族の長女として育ったサリーは家庭的というか母性の塊みたいなところがありますからね。モームもサリーをミルドレッドとは対照的だとばかりその健康美を描写しています。

物語のつづきをちょいとだけ想像しますとね、サリーと一緒になったフィリップは例のドクトルサウスの海辺の診療所へ赴き、ドクトルとの共同経営に乗り出すでしょう。となると、伯父からの遺産に加え経済はますます安定度を増すから、赤ン坊がある程度育ち上がり、まとまった休みがとれれば、その時こそさんにんで念願の眩いスペインへ。なんたるハッピーエンド!