川、照り映えて

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

1987

1月17日。阪神・淡路大震災の発生した日であり、神戸の祖母の命日。朝早く母親からLINEが来た。タカハシ珈琲(神戸珈琲)に行きたい、と。

長田区にあった祖母の家を売却して以降、家族の誰も神戸に行っていない。親戚や母親の友人は神戸にいるが、現在の母親の身体は、新幹線に3時間座っていられるような状態じゃない。また行ったとて、坂の多い街を歩き回るような体力もないだろう。こんな風にして土地との縁が切れていくのかと僕もうっすらと感じてはいるのだが、母親のLINEは悲嘆の声に聞こえて痛々しい。なにしろ母親と僕らとでは、神戸に対する思い入れが根本的に違うのだ。

f:id:guangtailang:20260113101525j:imageある晴れた日曜日。足立区のスロージェットコーヒーでランチ。道路を隔てた向こうの高架の線路を走る電車を眺めながら。ここに来るとよく思い出すのが、僕が小学生の頃に巨大迷路があって、何度か遊びに来たなあということ。弟と一緒に父親に連れてきてもらった。ある時、弟が急に便意を催し、付近のマンションに住んでいた父親の友人のところでトイレを借りたこともあった。

検索すればすぐ出てくる。アメージングスクエアという施設だ。1987(昭和62)年開園。10数年ほどで閉園している。あの頃を何か非常な多幸感というか、満ち足りた気分とともに思い出すのだが、それは自分が子供だったからのみならず、日本がバブル期で華やいでおり、その雰囲気を小さいなりに感じてもいたのだろう。

f:id:guangtailang:20260114113409j:imagef:id:guangtailang:20260117225530j:image最近見た映画。『「さよなら」の女たち』(1987・大森一樹監督)。この映画の舞台の大半が神戸である。震災が発生する以前の神戸が映っている。

『べっぴんの町』という柴田恭兵の全盛期を捉えた映画があり、こちらも震災前の神戸の街並みが映っている。見ている時に震撼させられたというとちょっとオーバーだが、「ああ…」と僕でさえ声が出てしまった。今の母親に見せたらどうなるだろう。少し怖いような気がして薦めていない。

京都出身のPとCの姉妹と会食する機会があった。それが上の写真、高田馬場四川料理店である。Cの夫Lが中国語で次から次にオーダーし、感じ入った店員が料理をサービスしてくれた。普段、彼の日本語があまりに素晴らしいので、中国語をしゃべってやっと中国人であることを納得する。

妹がリツージ、リツージと言っているから何かと思ったが、立命館宇治(りつうじ)ということのようだ。彼女たちの母校だろうか。今度訊いてみよう。

f:id:guangtailang:20260117165315j:imageそうか。1987年には京都の姉妹はまだ生まれていないのか。石川佳純さんも生まれていない。神戸珈琲はまだ前身のタカハシ珈琲だった。京都で生まれ、阪神間で育った村上春樹は『ノルウェイの森』を上梓した。TM NETWORKは「Get Wiⅼd」をリリースした。ゴッホの〈ひまわり〉が53億円で日本の保険会社に落札され、PCエンジンが発売された。にっかつ日活(にっかつ)ロマンポルノは終焉に向かいつつあった。長澤まさみさんが生まれ、僕は10歳やそこらだった。

f:id:guangtailang:20260117165319j:imageならせ餅