街の書店というのもどんどん減っていて、このあいだ北千住のブックファーストに行ったら、閉店ではなかったが売場面積を縮小している最中で、空っぽのいくつものスチール棚が殺伐と感じられた。そこまで品揃えが充実していたわけでもなかったし、ここに来ることもなくなるかなと思った。
イーアスつくばの大型書店に行った時、文庫コーナーで中腰になっていると、大学生とおぼしき男女が話しながら近づいてきた。別に聞き耳を立てるでもなく聞こえてくるその会話の中に、ハイデガーやらハンナ・アーレントという固有名詞が出てくる。そのふたりが20世紀を代表する哲学者の男女で、互いに関係があり、別々の仕方でナチスに深く関与していたことくらいは僕も知っているのだが、勿論その著作をちゃんと読んだことはない。男が女に説明し、女も興味深そうに傾聴している。男の声の調子は老成していたが、すてきな若々しい髪と輪郭をしていた。場所がつくばだったので、この大学生たちの親はきっと学術関係者なんだろうと勝手に決めつけて、ちくま文庫の列をながめるふりをしてその後もしばらく会話を聞いていた。
眼鏡を新調しようとしていたのだ。ある晩、右上の奥歯のあいだにフロスを挿入するといつもと違う感触があり、ジャリッとしたあと詰め物がとれた。数日後歯科に行くと、歯自体が割れており、詰め物といっしょに歯の一部も欠けてしまったとのこと。道理で以前から水がしみたわけだ。当初、歯科衛生士にそれを伝えたら、レントゲンを見ながら虫歯ではないです、知覚過敏ではないかしらんと言ったが、歯に亀裂が入っていて、そこから水が浸入し、神経に触っていたのではないか。今度装着する歯を自由診療のセラミックに決めたとき、ああ、眼鏡とほぼ同じ値段すると思った。眼鏡は後回し。
話は変わるが、僕の古い記憶をたどる時、必ず立ち上がってくるひとつの断面が、日帰りで家族(両親、弟と僕だ)でドライブに行った帰り、夜の首都高を走るクルマの後部座席だ。弟と僕が座っている。遊び疲れてまどろんでいるか、あるいはしどけなく熟睡している。しかし、耳はカーステレオから流れる山下達郎の「悲しみのJODY」「高気圧ガール」「夜翔」「メリー・ゴー・ラウンド」「BLUE MIDNIGHT」「あしおと」などを捉えている。さあ、もうすぐ着くぞと父親が言い、僕らはむっくりと起き上がる。道路照明灯が次々後方に飛び退っていくのを寝ぼけ眼でながめながら。
上のアルバムは『MELODIES』(1983)で、発売当時オリコンチャート1位に躍り出たらしいが、現在では名盤の誉れ高い。かの「クリスマス・イブ」も収録されている。思い返せば、両親がカーステレオで流すのは圧倒的に山下達郎と荒井由実、そして次点でサザンオールスターズが多かった。他にも「飛んでイスタンブール」とかいくつかあったが、忘れてしまった。往路に荒井由実、復路に山下達郎と決めていたふしもある。演歌が流されたことはただの一度もなく、両親が演歌について言及したのを聞いたこともない。それで僕も弟も演歌については何ひとつ知らない。
長じて、両親と同世代かもう少し上くらいの人とカラオケに行く機会が訪れる。すると彼ら彼女らの中には演歌を歌う人がかなりいる。僕にはそれが軽い驚きだった。歌詞がしみるだろうなどと酔って同意を求めてくる人もいたが、よくわからなかった。
『化身』(1986・東陽一監督)を見る。監督は最近逝去した。冒頭、ポール・デルヴォーの女の裸体のタブローが映され、そこから藤竜也の脂肪の薄い引き締まった躰につながっていく。現在の言い方で、細マッチョだろうか。
「スポーツジム等で身体を鍛える俳優の先駆者といえる存在と言われることがあるが、藤自身は自分より先に体を鍛えていた俳優も居たので、自身はそうは考えていないが、そう言われるのは自分に対しての悪くない評価であり、有り難く受けとめると語っている。また毎日のように鍛えていたのは、日活入社したものの決して毎日のように仕事があったわけではなく、むしろ暇であったからで、毎日のように行けば自分の存在を忘れられないであろう、そして何かしらいいことがあるであろうと考えていたためだと語った」(Wikipedia)
「おまえ、肥ったな」なんて梅宮辰夫に言うセリフもある。ただ、この映画は見るのにやたら苦労して、その理由はなんだろうと考えたところ、僕は黒木瞳を全然魅力的だと思わないということに行き着いた。

『友よ、静かに瞑れ』(1985・崔洋一監督)。想像していたより随分良かった。暗闇と静謐が勝っていて、ドンパチもない。原作から舞台を変更したという、けだるい曇天の、行き止まりのような沖縄も良い。それにしてもこの藤竜也や原田芳雄、倍賞美津子、さらには室田日出男でさえ現在の僕より年少だとは。この驚きを抱えたまま残りの人生を過ごしていきたい。
北千住のカラオケボックスから。