川、照り映えて

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

風俗の中に生きている

2026年の初旅行も茨城であった。ひたちなか市に宿泊した。日帰りで往復できるところをあえて泊まる。これは今までにも横浜や南房総や山梨その他でやってきた。日帰りと一泊ではやはり気持ちの落ち着きが違うものだ。時計を気にすることなく、昏くなってきたからそろそろ宿に向かうかという感じ。

茨城においてはスタバよりサザということで、サザコーヒー本店でランチを食べる。時間が少し早かったので空いていたが、正午が近づくとぞくぞく客が入ってきた。トイレに行った際に気づいたが、アフリカのお面がたくさん飾ってある通路(暖炉がある)の奥の別棟は満席だった。

帰り際にHさんがまたもや花柄のマグカップを買う。1,500円。かつて僕も各所でマグカップを買っていた時期があり、朝のコーヒーを飲む特大マグカップは上野の博物館で手に入れ、もう10年近く愛用している。数が多過ぎて、一部はペン立てに使っており、今はもう新たに買うことはない。

f:id:guangtailang:20260106111912j:image4日の空はどこまでも明るいブルーに冴えわたって、常磐道を北上している時から僕は感動していた。目に染みる青。隣りのHさんは寝不足だと言ってシートを倒して目を閉じていた。そんな中、年末にひとつ暗い出来事が起こっていた。杭州蕭山のシャオレイの実家(豪邸である)で、彼女の父親が3階ベランダの外側に出て掃除をしていると、階下でインジャーリンがその様子を見上げていた。「こっちに来るんじゃないぞ」と孫にしゃべりかけながら祖父が踏み出した次の足の踏場がなく、彼は落下した。不幸中の幸いで足から地面に激突し、のちに骨折が判明した。これが頭からだったら命はなかったかもしれない。即座に入院、手術となった。シャオレイの父親とは一度会ったきりだが、大柄で口数の少ない人という印象だ。何かの話の流れで、僕が「義務教育ですね」とコメントしたことと、別れ際に彼が「再見!」と力強く言ったのを妙に覚えている。宿のバルコニーから静かな太平洋を眺めている時もそのシーンが去来した。

f:id:guangtailang:20260106112013j:image人気のない椿川ダム。ここは河川を堰き止めているわけじゃなく、那珂川の水を運んできて貯水しているのだそうだ。水戸人の飲み水。散歩するつもりが、Hさんから空気はいいが退屈だから早く行こうと急かされた。水戸といえば、90歳超独りでドライブインをやっているあの老翁は元気だろうか。

古谷経衡という北海道出身の金髪毛量多い評論家が、縁もゆかりもない茨城に中古不動産を3つ購入したという記事を最近読んだ。稲敷美浦村と鉾田だったか。松戸在住らしく常磐道で近いとか、市街化調整区域で安かったとか、固定資産税もタダみたいなものだとかそんなことが書いてあり、いざとなれば捨ててもいいという考えで買ったのだそうだ。実のところ、僕とHさんも将来的に茨城のどこかに〈質素な別宅を〉というアイディアを温めており、車窓を眺めながらここはどうだ、あそこの方が良かったなどとしょっちゅう言い合っている。それでいきおい茨城に来る機会が多くなるわけだ。ただ、つくばエクスプレス沿線の物件は異常な値上がりを示しており、候補からはずしたくなっている。

f:id:guangtailang:20260106111920j:image夜、宿の部屋で休んでいるとどこからか声がする。しばらく耳をすませて、館内というより屋外のようだと思い至り、バルコニーに出る扉を開けた。拡声器でゆっくり呼びかけている。ひたちなか在住の83歳の老人が行方不明。特徴は緑色の自転車、身長170センチくらい、短髪に黒い上下の衣服。左側の暗い海の向こうで工場地帯が光を放っている。

f:id:guangtailang:20260106111909j:image今年一発目の映画『ジェラシー・ゲーム』(1982・東陽一監督)。冒頭の白樺の林からしてもう美しいのだが、全編通して当時の北海道の雰囲気が清々しい。ただ最近の感覚で見ると、野宿シーンはヒグマが出るんじゃないかとつい心配してしまう。

f:id:guangtailang:20260106111916j:imageそして何よりこの映画、20そこそこの高橋ひとみさんの魅力が横溢している。主役ふたりの女性の脚線美がまぶしい(もうひとりは大信田礼子)。ジェラシー・ゲームというだけあって、昭和後期の不埒で軽やかなビヘイビアが物語の動力だ。人間は誰しも風俗の中に生きている。そう思って見ながら感傷的になる。

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