夜半、Hさんが2階のトイレで用を足している音が3階の寝室まで聞こえてくる。しんしんと静かな夜だ。
アイリッシュコーヒーというのは自宅でもわりかし手軽につくれ、それなりの味になる。ジェムソンとホイップクリームを買い、ドリップバッグのコーヒーを注いだカップに入れる。生クリームがほんとうだとかザラメを入れるとか黒と白の層を楽しむべく耐熱グラスにすべきだとかあるのかもしれないが、まあこれで寒い夜に温まります。
ICを飲んで少し経ったら僕はウォーキングに繰り出すこともある。日中ほとんど事務所にいて2000歩程度しか伸びない日もあり、そんな日の夜は。川風が刺すように冷たい土手の上には人がいない。僕はレンガ色ウレタン敷きの道を腕を振って勢いよく進む。ぴんと張った空気が頬や耳を切っていく。川面は黒くあまり動かない。
3階のテレビを点けたらWOWOWでⅤシネマみたいなのをやっている。今は亡き大杉漣と妖艶な女性が夜のベランダで向かい合っており、寒色のネオンがにじむようなエロティックな静寂に、つい40分くらいつきあってしまう。途中、部屋のシーリングライトは消し、スタンドライトを点ける。はて、こういうトーンは見たことがあるなと思い始め、大雨のシーンが出てくるに及び、やはり池田敏春監督だったかと合点がいく。『XⅩ ダブルエックス 美しき獲物』(1996)。女優は真梨邑ケイ。それに女性刑事の渡辺真起子が文字通り絡む、らしいがそこまでは見なかった。というのも階段を上ってくる足音が聞こえ、Hさんがこのエロティック・サスペンスを目にした場合、また〈黄片(ホアンピェン〉を見ているのかと脣の端で嗤われると思い、チャンネルをJ SPORTSに変えてしまったから。
マンゴツリーカフェでMとランチ。ふたりしてパッタイ、タピオカ、マンゴージュースを注文。グリーンカレーじゃないんだねと言うMにミラー効果だと言い、今さらと笑い合う。来月で出会って2年になるが、頻繁に会っていても(こういう言い方は失礼だろうが常に浮かんでくる言葉なので)、飽きるということがない。こんなにおもしろい女がいるのだな、と今でもまじまじと顔を見てしまうことがある。なにからなにまでおもしろい。しかしこれも他の男が彼女の同じ魅力や美質をとらえておもしろい女だと感じるとは当然限らないから、相性が合うという言い方が適切なのかもしれない。そう言うにはMの方も僕をどう思っているかということがあるが、別にイケメンだとも恋しているとも感じていない、ただそういう基準だとか感情を超越して抽斗の多い変態だと思っている、だから会っておもしろい、そう言われた。やはり相性が合うと言わざるを得ない。
西日暮里のこの店を最近贔屓にしている。創業50年の文字通りレトロ喫茶。山手線だとわずか1分で着いてしまう日暮里─西日暮里間。だから日暮里駅から歩くこともある。上空の高架を見上げ、これに乗って痔の治療をしたのだと思い出す。西日暮里には僕と相性の合うタイ古式マッサージ店もある。パルクのルはできるだけ小さく、パとクのはざまにきゅっと押し込めるように。
Hさんに東北人(ドンベイレン)に薦められて買ったらよかったから使ってみなさいと薦められハマった。
そういえば、三浦友和が上梓した自伝本の題名が『相性』だったな。