川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

膿を出せ

f:id:guangtailang:20230206112050j:image川の照りと題するならばこういうものを載っけるべきなんだ。午後4時過ぎの隅田川下流に向かって撮る。西日に照らされて人気もなく妙に静かだ。おれの人生は物心ついた時から隅田川とともにあり、現在もまだ隅田川のそばに在る。初めて訪れた町ですぐに川を探してしまい、そのへりまでつい行ってしまう習性は、川を見たらなにより心安らぐということに原因している。週に2、3回、アイリッシュコーヒーで躰をあたためてから川沿い土手のウォーキングに繰り出しているおれです。

f:id:guangtailang:20230206112057j:image珍しくMからリクエストがあり羊肉串欠乏症だというので御徒町の千里香へ。配膳ロボットが羊肉串を運ぶ時代になっても、平賀源内が土用の丑の日に鰻を食べるアイディアを閃いた時と人間の喜怒哀楽、プリミティブな感情は少しも変わっていないだろう。リセットできるものを人は愛と呼ばない(東浩紀)。

f:id:guangtailang:20230206112100j:image午後4時に行ったが店は大変に繁盛している。予約していないから10分ほど待つことになった。客の7割以上は中国人だと思うが、おれたちの隣りのテーブルは日本人で、禿げ頭の60年配の男とその向かいに金と黒のブロックカラーの下町おねえさん、横にその彼氏みたいな組み合わせだ。おねえさんが禿げ頭に敬語で話しかけている。かしこまっている風じゃなくうちとけた感じで。男が職場の上司と推測する。こちらは16本串たのんだが、あちらは30本串以上たのんでいた。熾こされた炭の熱気。

今回初めてたのんだミルク揚げなるものをMもおれも気に入る。フワッと軽い触感のきつね色に練乳がかかっているが甘すぎない。そういえば彼女は『すずめの戸締り』を観に行くと宣言してまだ行っていない。そうした傾向はこの映画だけに限らない。映画館がかくも遠い女なのだ。といっておれも映画館に行く腰が重くなっている感は否めない。それでもなるべく行こうと気持ちを奮い立たせる己もいる。映画館へ行くことはサブスクやらなにやらで自宅の一室で映画を観ることと質的に同じ体験ではありえない。電車に乗って映画をやっている街まで行き、上映までカフェで時間をつぶし、いろんな他人に混じって映画を観る。帰り際寄ったトイレで今さっきの映画について語る若人たちの感想が耳に入ってくる、地下構内で変なおっさんにすれ違いざま肩をぶつけられた上に舌打ちされ、だから夜のこの街は苦手なんだと独り言ちる。その全体が映画を観るという体験なのだ(東浩紀)。『イニシェリン島の精霊』はいつ観に行こう。

いくつかの不安要素を抱えつつMは最近とみに希望を語るようになった。そのうちのどれを実際行動に移すのか注視しています。

※この下の画像はグロテスクに感じる方もおられると思いますので、ご注意ください。

 

 

f:id:guangtailang:20230206112102j:imageある日、左ひざの内側に白い芯のある腫れ物ができていることに気づいたが、そのうち治ると思って放置していた。それが数日でみるみる育ってボタンのように隆起し、歩くだけでズキズキ痛むようになった。膿の溜まり場も拡大し、ちょっと怖くなった。こんなでかい腫れ物は初めてできた。実はMも同じ腫れ物をおれより前に腹部につくっていた。それで彼女に相談すると、安全ピンとキズパワーパッドをくれた。とにかく膿を出せというから部屋でおそるおそるピンを刺すと袋が破けて白濁液がピュッと飛び出した。そしてその跡に穴が開いた。ラインでMに伝えると、いいことだと返ってきた。次に彼女に会った時に患部を見せたら、ひどいねと呟いてもっと膿を出した方がいいと言う。お任せするよと仰臥し、彼女は腫れた周辺部を押しているようだった。僕は天井を見つめていた。痛みに声が出たが、Mは真剣にやっていた。終わってキズパワーパッドを貼りながら、女のひとに病院以外で膿を出してもらったのは初めてだと言った。まあでも彼女は川崎や磯子の病院に勤めていたことがあるのだ。

f:id:guangtailang:20230206112054j:image今朝は東京の平野部でも雪が降っている。『父・萩原朔太郎』(萩原葉子著)を読んでいるが、ある大雪の日に晩年の朔太郎の家を保田與重郎と辻野某という人が訪ねてくる話がある。雪はどんどん降り積もって、それでも客嫌いの朔太郎の母親がふたりを帰そうとする。が、やはり電車が不通で戻ってき、辻野某が痩せぎすで結核を疑った母親が寝床を別に用意させるとか、すったもんだのあげく家に泊めてやることになる。最後の二行。〈昭和十一年二月二十六日のことであった。二・二六事件のあった夜のことでもあり、この夜は、心にかかるこんなできごとのあった日だった。〉