川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

待ち合せの前に

f:id:guangtailang:20220801215547j:image日暮里の高台の方は久しく行っていなかったから、Mとの待ち合せ時間まで下見も兼ねてぶらぶらすることにした。ランチの予約をしたインド料理店は坂を上って右側にある。まだクローズドの木板がかかっているが、店先にメニューが置いてあって見られるようになっている。ほうれん草のカレーをたのもうと決めている。極彩色のインド工藝品が所狭しと配置されており、異空間はすでに始まっている感じだ。ギラつく陽光に胸のあいだを汗がツーと落ちていくのがわかるが、フィルソンのキャップで頭部は護っている。

そこからもう少し進むと例の夕焼けだんだんの階段があるのだが、何やらサングラスをかけた男女が撮影をやっている。カメラマンの他にもスタッフがいるからそれなりのものなのだろう。階段の途中でそれぞれポーズを決めているのを横目に下りてゆくが、モデルはふたりとも同じくらいの長さの黒髪に肌が白く、顔の輪郭がきれいで随分と華奢だった。おれのような肉づきのよくなったおっさんは肉体鍛錬をやるしかない。Mよ、あなたががっしり体型の男が好みで良かった。

まだ時間があったのでその後諏訪台通りを歩き、諏方神社の場所を確認した。間違えようがないほど行き方は簡単。昔住んでいた家からはよほど近所だったのに参詣したことがない。西日暮里の駅の方から見上げたことはあった。この通りは広くないが、結構クルマの通行がある。どこからか蝶が飛んできておれのまわりをフワフワと回り、また飛んでいった。なんとなく視線で追う。向こうに駅前の黄色っぽいタワマンが聳え、電車の音も聞こえてくるが、こちら台地は寺社だらけで緑がこんもりしているからか、そういう平地の物や出来事とは隔絶した感がある。この辺り、ちょっと住んでみたい気がする。

新しくできた西口にキャップを被ったMがあらわれ、おれを見て「山登りするような恰好だね」と第一声。坂登りはするからね。そういう彼女はメンズのTシャツをオーバーサイズで着て、太腿丸出しのデニムの短パンにナイキの厚底サンダルだ。だいぶ伸びた髪はクルクルと巻いてキャップに収納している。最近のおれは、「きみは少年だ」と言っている。

この後インド料理店に行き、カレーにでかいナン(ふたりで一枚)を浸し、マンゴーラッシーやチャイを飲んで2時間。最後席をソファに移ってダージリン紅茶をいただいた。その時おもむろにMの右の太腿を左手でむんずとつかんだ。「暑い暑いと言うわりにベタついてないな」。「○○さんは…」とおれの前腕を触って、「あ、湿ってるね」と納得していた。外に出て躰を動かすと腹がタッポンタッポンいっているのがわかる。「汗かこう」と言い合った。諏方神社を目指し、彼女が「いい雰囲気」と言う、鬱蒼として涼しい異空間で手を合わせた。手水舎がセンサー式だった。どこからともなく黒や黄の蝶が飛んできて、おれたちの周りをフワフワ回り、どこかへ消えていった。すると今度は樹上のカラスが鳴き始めた。それになぜだかMがカー、カーと応えている。謎の行動におれはただ側に突っ立っていた。木漏れ日がチラチラ揺れてきれいだな。生き物がどんどん登場すればいい。そう思いながら西日暮里への階段を下りてゆくと、「あ、ネズミの死骸」とMが声を上げた。たしかに干からびて石段にこびりつき白骨化したネズミに違いない。

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