川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

アクアパッツァ

秋の美しい日というのがある。空は澄みきって微風が頬をなでる。高いところを飛んでいるジェット機の機体の白がやけにくっきり見える。落ち葉を踏みわけ土の路を進むと鳥の啼き声があらゆる方向から聞こえてくる。

翌日が雨予報だったので、この日老若男女が上野公園に繰り出していた。公園口改札の人波の中にMを見つける。彼女が疲れ切っている時期にここで一度待ち合せしたことがあるが、寝過ごして上中里まで行ってしまった。あれは雨の日だったな。新しくなった黒っぽい公園口をきょろきょろ見回しながら待っていた。彼女との記憶もなつかしいと思えるほど蓄積されてきている。

f:id:guangtailang:20221120160638j:image目が痒いとしきりに指で瞼を押さえるM。彼女の患うシェーグレン症候群の症状としてどれにもまず書かれているのが目の乾きである。最近はあまり話題にすることもなかったが、今が疲れていないとも言えないのだ。髪の色は飽きたからと派手な赤から暗い臙脂色に変わっている。ふたりで上野東照宮を参詣し、その後花園稲荷神社も参詣した。前者の参道の両側に並ぶ立派な石灯籠で思い出すのは映画『鬼畜』(1978・監督野村芳太郎)だ。これを日本映画の傑作のひとつだと僕は考えているのだが、夕暮れの石灯籠の下で父が子に毒入りパンを食べさせようとする場面がある。神社だから当時のまま風景が保存されている。狂ったようにマンションばかり新築して風景が一変してしまうのが現在のメトロポリス東京だが、石灯籠は半世紀後もあるだろう。

f:id:guangtailang:20221120160652j:image上野でランチ。アクアパッツァを選ぶ。アクアパッツァ、発話したくなるこの響き。acquaは〈水〉、pazzaは〈狂った〉とか〈奇妙な〉というイタリア語。ほら、脣にのぼらしてごらんよ。Mは肉。以前、日立で魚屋が兼業するホテルの食堂でアクアパッツァをたのんだことがあるが、大きな真鯛が丸ごと一尾乗っており、ムール貝に取り囲まれていた。あの迫力とうまみが僕の狂った水のベスト。

f:id:guangtailang:20221120160746j:image最近の夜(というより深夜だが)はラグビーの試合ばかり観ている。これはスコットランドがアルゼンチンを本拠地マレーフィールド・スタジアムに迎えた一戦。アが退場者やシンビンを複数人出し、最終的には大差がついたが、来年のW杯で日本がやる相手としては鬼強いと思う。ちなみに2019年の横浜国際総合競技場における日本対スコットランドの試合、あれが僕の熱狂したベスト。

f:id:guangtailang:20221120160758j:image画面の向こうの彼らの気魄に失禁することなくせめても対峙し観戦するために、僕はもっと肉体鍛錬をしなければならない。