川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

河北 〜いきむく壮年

大陸から帰ってきて、また中文教室に通うことに決めた。なぜそういう気持ちになったのか。ひとつは、今回、向こうでHさんの親類縁者と交流してみて、あらためて会話力の向上が必要だと感じたこと。もうひとつは、週一でも習い事に通って、のんべんだらりと過ごしがちな余暇にリズムをつくりたいと思ったから。前者に関しては、Hさんとの日常で中文を使っていれば、それがおのずと会話力の向上につながっているのじゃないかと言う人もあろう。しかしながら、実際のところ、日常で使われる中文はかなり限定されており、少々込み入った会話は、いつの間にやらお互い母国語に切り替わってしまう現状を考えても、会話力の向上は望みにくいのである。また、共同で生活していると阿吽の呼吸が生まれ、構築的な会話をする機会はむしろ減少するのだ。さらに言えば、Hさんは中文の老師ではないから、外国人に中文を教える骨法を会得しているわけでもない。後者、私の性質上、自宅での独学はまあやらないし、また会話力の向上という目的に独学という手段が合っていないと思うので、すぐにかつての中文教室が頭に浮かび、サイトを見た時に、柏校でぴんときた。距離でいえばかつて通っていた池袋校よりだいぶ遠いが、最寄駅から快速で3駅だ(池袋校へは乗り換えがある上に、人混みが煩わしい)。時間的にはこちらが速いだろう。心理的にも池袋のような都心に通うより、郊外の街に通いたい気分だ。それは壮年後期の衰えによるのか、池袋の雑踏を想像しただけで疲労を感じる。柏も決して小さな街ではないが(だから柏校もあるのだ)、今の私にはちょうど良い気がする。そんな風に考えて、まずは体験レッスンを申し込んだのだった。

そうして、昨日午後7時45分。柏駅西口に降り立った私は即座に2枚の写真を撮り、少し早いが教室に向かった。担当はL老師で、自己紹介で彼女が河北省の出身だと知り、その地域の話を私が盛んに振った。河北省(人口およそ7,470万人)はまずかたちが面白い。下の地図のとおり、北京と天津をぐるりと取り囲むようなかっこうで、なにやら飛び地みたいな場所もある。遼寧内蒙古、山西、山東、河南、各省と接している。完全に北方(ベイファン)である。馮小剛の『唐山大地震』(2010)に始まり、女優の周冬雨が石家庄出身なんですよねなどといきむいている私をみて、L老師も半分呆れていたかも知れないが、大陸にいた頃、彼女の朋友が周冬雨のクラスメイトだった話などしてくれ、乗り気もみせた。また、邯鄲ということなら、私の友人で、かつてある事情からかの地で夢精してしまい、それを故事にひっかけて「邯鄲夢精の夢枕」と嘯く、そんな挿話を持つ男がいるのだが、その話は勿論しなかった。むしろ、L老師から「邯鄲学歩」なる成語を教えてもらった。それから避暑山庄のある承徳(普通話の発源地でもあるらしい)、特に名所旧跡があるわけでもないが交通の要衝であったために「火车拉来的城市」(列車が引っ張って来た都市)と呼ばれ、発展して省都になった石家庄(1968)などの話もしてくれた。L老師の発音は素晴らしく標準的で、まるで私のリスニング能力が上がったように感じられるのだが、それは彼女が外国人に中文を教える骨法を会得していることにも与るところ大であろう。

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