川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

サルに長い柄の先のスプーンでエサをやるということ

10、11日とHさんの帰国(これがまた困難なのだが)までに一度温泉へという以前からのリクエストを実現すべく鬼怒川へ。Hさんの妹の娘ルルの婚礼、朋友のモモさんの帰国(嘘かと思うが、上海までの片道航空運賃が20万を超えるという)が10日で、Hさんも家にいたとしたら悶々とするだろう。

f:id:guangtailang:20211011161649j:image天気は曇り。ただ、東北道を北上するにつれて空は明るくなった。都賀西方PAでトイレ休憩した以外はずっと走って昼過ぎには鬼怒川に着いてしまう。ホテルのチェックインまで時間があるので、東武ワールドスクウェアを見つつ、昼飯でも食おうという話になる。川治温泉の手前で左に折れて、霧降高原キスゲ平園地案もあったが、Hさんの階段がヤダという抵抗、天気もさほどよくないということで消える。

飯を食い、園内を見てまわる。ここには4年か5年前に来た。最初にドンと東京スカイツリータウンがあるのだが、Hさんがモモさんが普段運動している階段(のミニチュア)を見つけ、そこの横で写真を撮ってくれと言う。その通りにする。その後、コースに沿って歩く。前に来た時も思ったが、万里の長城が見ものなんである。奥に鎮座しているという感じ。Hさんが「北京には行ったことがない」と今回も呟く。これは小ぶりだが、手前に敦煌莫高窟があり、「敦煌には行ったことがない」と僕が呟くと、あたりまえじゃないかといった顔で振り向く。最後の方、これも小ぶりで地味だが、円覚寺舎利殿があり、個人的に好きである。他のミニチュアは群衆が犇めいているが、これはたったににんで構成されている。静謐でなにか物語性がある。

f:id:guangtailang:20211011161707j:image今回泊まる宿の吹き抜けを、ソファに座ってアホみたいにずっと見上げている。パイプオルガンの音色に心が安らぐ。Hさんが戻ってきたので、風呂に入る前に、すぐ近くに鬼怒川温泉ロープウェイがあるから行ってみようと誘う。なにせ非日常の乗り物には乗りたくて仕方がない壮年である。

f:id:guangtailang:20211011161722j:image3分半で山頂駅に到着。駅のすぐ脇にヒノキの黒い展望台があり、僕は即座に上っていったが、Hさんはついてこない。階段の途中からおさるの山の見物小屋に入っていくのが見えた。展望台で2、3枚写真を撮ると、彼女のあとを追った。サルがキーキー鳴き、金網にしがみつき揺さぶっている。小屋に入るとそのサルの目の前にHさんがいた。何か喋りかけている。わたしも申年なんだから、そんな怖い顔しないで仲良くしましょう。そんな意味のことをニコニコしながら言っていた。他の見物客が長い柄の先にスプーンのついた道具でエサをやっているのを、彼女は興味津々で見ている。駅でエサ買えるよと言うと、数秒後に僕が走らされていた。

彼女のエサのやり方は、小さいサル、若いサル、子どもを抱っこしているサル優先というものだ。しかし、それらのサルにスプーンの先を向けると、いろんな方向から大きめのサルが猛然とやってきて、金網(これが2重になっている)の隙間から黒い精緻な手を突き出して、くれやくれやと息巻いている。Hさんはそれがイヤで、別の好みのサルを探しに動く。時間がかかる。気がついたら僕らしか小屋にいなかった。唯一大きめのサルに彼女がエサをやったのは、若いサルの横で順番を待っているサルだった。最初は若いサルを追っ払おうとしたらしいが、Hさんが中国語で叱ると隣りで大人しく待っていたという。ジャンリィ(奨励 報奨を与える)だと彼女は言いながらあげていた。サルは殊勝な顔をしている。

f:id:guangtailang:20211011161740j:image11日。朝起きて窓を開けると渓谷の向こうにホテルの廃墟群が見え、その後ろに山と青い空が見える。Hさんが晩に大雨と勘違いした川のせせらぎが聞こえる。東京も暑いらしいが、鬼怒川も暑い。用心してモールスキンのカバーオールを持ってきたが、龍王峡で着てみると全然そんな気候じゃなかった。

f:id:guangtailang:20211011161759j:image昼飯は大笹牧場で。またも早く着いてしまい、気持ちのいいドライブなので、霧降高原キスゲ平園地まで行ってみる。無論、階段を上りはしない。途中の六方沢橋から紅葉し始めているのを撮る。

また鬼怒川温泉ロープウェイの話に戻るが、展望台の下のベンチで携帯を弄りながら下山の便を待っていて、ふと周囲を見回すとHさんの姿がない。立ち上がって歩き回り、駅の方に向かいかけたところで、見つけた。20mくらい後方の石段の上で誰かと通話しているようだった。すわ、おさるの山失踪事件かと思ったぜ。失踪というのはなんの前触れもなく起こるものなのだし、場所的にもなんかありそうじゃないか。などと妄想しているうちにロープウェイの時間になった。チケットに鋏を入れられる番が近づいて、、するとチケットがないのだった。鞄の中を隈なく点検してみたが、ない。人じゃなくチケットが失踪していたよ、と独り言ちた。服務員にそのことを告げると、いいですよと通してくれた。宿に戻ってなにかで財布を開けた瞬間、チケットの端が見えた。往復券だから、無意識のうちに財布の奥に挟み込んだらしい。

 

f:id:guangtailang:20211011162133j:image事前に調べもしないまったくの偶然なのだが、5年前の今日、やはり鬼怒川に行っていたのだった。