夜。隅田川を渡り、地元の和食レストランへ。今日、Hさんは東京入管に5時間半滞在した。これはラグビーの試合が4試合まるまる入るほどの時間である。結果、3年の在留許可が下りたわけだが、彼女の心身の疲労を考えて外食に誘った。私も交付の窓口までは一緒に赴いたのだが、そこでひどく滞った。受付中の金髪に染めた小柄な女がパスポートを忘れたか無くしたかしたらしく、職員に叱られながら導かれているのだが、日本語をどこまで解しているのか埒が明かない。さらには他に応対する職員がおらず、われわれの傍らに立ち、順番を待つ人がどんどん増えていく。185cmのサングラスをした黒人男性やおでこの下にくぼんだ目を光らせている白人女性、やけにヨレヨレのロングコートを纏った銀縁眼鏡の中国人男性、変なジャージに亜麻色の髪をウェーブさせたピノッキオのような青年など、皆いちように倦怠している様子だ。表示されている番号とHさんのそれには200番以上のひらきがあり、溜まっている仕事もあったので、私は先に帰ることにした。
ちなみに永住の相談窓口で長年仕事上で世話になっているKさんにばったり会った。彼は中国人の父親と残留孤児の母親のあいだに吉林省で生まれた人で、年齢のわりに実に若々しい。小柄で痩身、ハンチングに黒装束がトレードマークだ。私が中国語を学ぶはるか昔から接している中国人のいちにんである。そうゆうわけで彼にHさんを紹介すると、中国語で少しやりとりし始めた。それを見ながら口罩の下でニヤニヤしていた。私を介してこのににんが言葉を交わしていることに、何かしら感慨深いものがあった(北の儿化音と南の口音の交錯も)。
乗り換えの上野駅で買った若廣の焼き鯖すし。事務所のデスクで食らう。
和食レストランの夕食。テーブルひとつ置いた向こうに若い中国人カップルがおり、飯を口に運ぶ寸前まで口罩をしていたが、東京入管で気がついたのは、アジア系はほとんど口罩をしているが、白人並びに黒人はほぼしていなかった。なお、男性職員は不思議に口罩をしている者が少なく、女性職員は全員していた。
Hさんの郷里諸曁でもついに2人の感染者が見つかった。