川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

覗く

f:id:guangtailang:20220414112932j:image大塚でMと会う。山手線の車窓からこの街の変貌をなんとなく眺めていたが、今日は三ノ輪橋から路面電車大塚駅前まで来た。40分くらいかかったが、久々だし飽きなかった。飛鳥山の脇の道路をカーヴしながら上っていき、そこから大通りを横切り、一直線の鉄路が伸びているのがいいね。大塚は駅前が小ぎれいに変わって、星野リゾートのホテルもできた。でも、庶民的な趣きもまだまだ残っている。

当初、ネパール料理の店でランチの予定だったが、彼女に言わぬまま星野リゾートの1階のダイニングに変更した。ネパール料理と伝えた時にMは喜びをあらわさなかったし、かの料理に対する認識(特に辛さについて)が僕も含めて浅いので、また日をあらためてと思った。

f:id:guangtailang:20220416193330j:image約束の時間より30分ほど早く到着し、ダイニングとホテルの下見をした。それらは駅前なので終えてもまだ20分以上の時間を消す必要があった。歩いていると目の前のビルの2階にルノアールの文字が見えたので、階段を上った。ガラスドア越しに店内を覗いた時、己の抱くルノアールのイメージとの落差に一瞬のけぞったが、20分の滞在なので迷わず入った。ロビー的重厚感は皆無。ポップ&庶民な店だ。服務するおっさんのいらっしゃいませの声のでかいこと。芸人でいそうだなとちょっと思った。ロイヤルミルクティをたのむ。あとからジャージにスポーツ刈りの男性と小柄な女性のカップル、坊主頭にでかいアルファベットがあしらわれた臙脂色のセーターを着たおじさんが入ってきた。客への興味が尽きなかったが、トイレでうんこをして、ミルクティを飲み干すともう時間だった。

大塚駅北口改札のコンコースのど真ん中にMは立っている。背後から近づいていくと振り向いて大きな目を丸く見開いた。聞けば早く着き過ぎたので駅前のスタバにいたという。僕はその向かい側のルノアールにいたのだ。ランチで行く店の変更にも彼女はまったく意に介さなかった。大塚ってもっと古めかしい街かと思ってたけど違うんだねと言うから、わりかし最近変わったのだと答えた。それから、さむいさむいと言う彼女はコンビニに寄り、25デニールの黒のストッキングを買った(大腿と脹脛の素肌が露出したファッションだ)。

f:id:guangtailang:20220416193339j:image陽が射している場所はそんなにさむくないなどと言いながら歩き、大きなガラス張りのダイニングに入った。ランチを注文し、先に来たダージリンを飲みながら、この一週間何か変わったことありました?などと問うてみると、うーんと言って苦笑を漏らしたあと、彼女は話し始めた。詳細は省くが、好きな男の裏切りが今朝方発覚した。その瞬間全身が心臓になったかのように大きく激しく脈打ったが、30分もすると妙な解放感に浸される自分がいた。彼女はそういうことをする対極の人間だと僕は思っていたが、男の携帯を覗いたのだ。きみでもするんだねと率直に伝えた。なるほど、いつもほぼ時間通りに来る彼女が今日早く来たのは男のそばを一刻も早く離れたかったのか。ずっともやもやしていて、踏ん切りをつけたかったから、傷つきたかったから携帯を見るという行為に走ったのだと自己の心理を分析する。それは僕も腑に落ちる説明だ。そして僕は、話を遮って申し訳ないが、と喋り始める……

筑波山までふたりでドライブした時にこの男の話はだいぶした。それ以降、おれは男のことを口にしなかったろう。その理由は、きみが好きな男だし、おれは会ったこともない人間の悪口は言いたくなかったからだ。はっきり言えば、その男のことはまるで評価していない。薄っぺらいやつだと思う。今日まさにそう思った。薄過ぎて背後の景色が透けて見えそうだ。だから、筑波山の時に内心こう思っていた。どうせいつかきみたちは、いや、きみがきゃつの言動によりこういう目に遭うことになるだろうと。その後も罵詈雑言じゃないにしろ、男のことを責め立てる。さすがに酷い言い方だ、何をおれは興奮しているんだと途中でやめようとしたが、Mはいいよ言ってと殊勝に耳を傾けていた。そして聞き終えると、今日会ったのが○○(僕の名字)さんでよかったと呟いた。