川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

およー! フライングディスク🥏

f:id:guangtailang:20200617215443j:image食後、今夜も公園でフライングディスク。フリスビーというのはワムオー社の登録商標らしいのでね。Jに中文ではなんて言うのん? と訊かれ、調べて〝飞碟(フェイディエ)〟と知った。未確認飛行物体いわゆるUFOのことも飞碟と呼ぶらしい。まあ、飛ぶ円盤ということ。暮れなずむ、人気のない公園でディスクをビャッと彼女が投げた瞬間、僕の背後で、《およー!》とひょうきんな声が上がった。振り向くと、コンクリート台の裏側の階段になった部分に腰掛けている酔っぱらいだった。六十がらみの、キャップを被った、人の良さそうなおやじ。右手に銀の缶を持ち、左手にビニル袋を下げている。僕がバックハンドで投げ返し、それが逸れた。《およー。お父さん、それはお母さんとれないよ。わたし見てるからって緊張しないで》。何本目の缶か知らぬが、酩酊しているわりに呂律は怪しくない。彼女のディスクがストライクで来て、それをこちらもストライクで投げ返す。《素敵な遊びだねー。こんな素敵な遊びあるの。わたし、これ見てると元気出てくるな》。少し距離を遠くして投げ合っているうちに互いに今夜の感覚がつかめてくる。《およー! 今のカーブした。お母さん、あれとるの凄いね》。《暗くなっても見えるの? 白いから見えるね。うん、見えてる》《あなたたち、羨ましい。こうゆうことできるのはね。わたしはもう離婚してしまったからね》《お母さん、もっと動かないと。今、曲がってるの見てるの。お父さん、まっすぐじゃないとお母さん疲れちゃうよ》《こんなに遠くても、とる。片手で。技だよね。わたしもやりたくなるよ。でも、今はムリだ》。こんな調子でわれわれの投げ合いを見ながら、シーツオブサウンドのように休むことなく感想を喋り続けるのだった。僕はたまに相槌を打った。女性によってはその奇っ怪な雰囲気にフライングディスクを投げるのをやめ、その場を離れようと促す人もあるかもしれない。しかし、彼女にそんな気配は少しもないのだった。おやじの言語が聞き取れないから。いや、そんなことはない、半分くらいは理解していると思う。《ほんと素敵な遊びがあったと思うよ。やってる人、これ気持ちいいもんね》。おやじはこれだけ喋り続けても、われわれに対して失礼な言辞はないのだった。僕はそのことにそのうち感心し始めた。きれいな酔い方もあったもんだ。投げたディスクを彼女がキャッチできず、後方に拾いに行っているあいだ、僕はおやじを眺めた。彼は横を向いていた。なぜかその時はこちらを向いておらず、背中を丸め俯いていた。漠たる哀感が胸に迫った。それから5分ほど投げ合った頃、おやじが立ち上がり、《それじゃ、暗いから気をつけてやってよ。帰るから》と手を振った。僕も手を振った。彼女は拜拜(バイバイ)と言った。目の前の公衆便所で用を足し、おやじはとぼとぼ去っていった。われわれも程なくやめて、スーパーに買い物に向かった。