川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

倦む壮年

Hさんの西川口の会所が閉鎖され、2週間。まるで家庭妇女(専業主婦)のようだとボヤきながらもひねもす家に留まり、炊事洗濯をやってくれている。たまには運動がてら川沿いの桜を見に行ったり、近所の上海人のおばさんと家を行き来したり、一緒に超市に行ったりもしているようだ。しかし、私はこのおばさんがあまり好きじゃない。讨价还价(かけひき)が強いというか、抜け目がないというか。悪く考えれば、Hさんを手段として何か企んでいるのかとさえ思う。もう一つ、これは上海人の特徴としてよく見受けられるが、他の大陸の地域及び大陸人を見下すような目線を持っている。それでいて、日本の文物を妙に礼讃するようなところがある。数十年日本に暮らし、日本語は非常に達者。姓も日本人の夫のものを名乗っており、すでに帰化しているのだろう。しかし、私に言わせれば、それでもあなたのルーツ(出自)は大陸人ということだ。これは閑却し得ない問題だと思う(あの谷崎潤一郎でさえ、後年、関西に移住してその地を舞台とする物語を紡いだが、東京下町出身の男であることをなおざりにすることはできない)。結果、日本かぶれの、変にプライドが高くてがめつい、剽軽さのないおばさんが出来上がっている。いや、これはちょっと酷く書き過ぎたかも知れない。異郷の地で、前夫とのあいだの息子ふたりを育て上げようとすれば、そうならざるを得ない部分があるのだろう。

私自身が業界青年会の行事をことごとく中止にせざるを得ず、現状に倦んできているのかも知れない。かすかにでも、トンネルの向こうに光が見えればよい。そうすれば、光の点を見つめながら歩めるだろう。しかし、現状はその光さえ見えないから、出口まであとどれくらいなのか見当がつかない。

無論、上海人の皆が上述のようじゃないことは明記しておく。私の知る限りでも、若い世代の上海人は洒脱でバランスがとれている人が多いと感じる。

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