川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

夜の梨

f:id:guangtailang:20200902000256j:imageおとついのこと。梨を片手に壮年は夜道を歩く。梨を片手に信号待ちをする。街路灯に照らされる千葉の梨。

晩飯を食べたあと、梨がいっこ足りない、サーヴィスでもらったのはにこだから、あといっこが車内のどこかに転がっているはずよ、取りに行ってきてくれないと女に言われ、片道5分ほどの車庫まで往復した。梨はすぐに見つかり帰ろうとすると、車庫の脇にサングラスを頭に挿した短パンのあんちゃんが佇み、携帯をいじっている。一瞬、壮年に視線を投げ、興味なさそうにまた携帯の画面に戻ったが、壮年はとっさに梨を背の後ろに隠した。夜に梨いっこを片手にクルマから降りるのを不審に思われやしないかと瞬間的に考えてしまったから。しかし、初めて見るこのあんちゃんこそ、車庫の賃借人でもないだろう(3台分の駐車スペースなので、他の運転者2人は知っている)、壮年以上に不審な男だった。おもむろにあんちゃんがタバコを銜え、火を点けた。最近車庫にやたらと吸い殻が落ちているような気がしていて、さてはこいつの仕業だったか。今夜たまたま梨を取りに来て知ったが、普段からこの時間に出没し、車庫で吸っているのだ。あの、ちょっとすいません、タバコの吸い殻は車庫に捨てないでくださいね。は、なにおまえ。いや、ここのところ吸い殻がよく落ちているんで。なんだ、おれが捨ててるって証拠あんのかよ。いや、それはないですけど。だったら因縁つけてんじゃねえぞ、この野郎! 壮年は片手に握っていた梨を目の前の相手の頬に思い切り叩きつけた。相手は衝撃を受けて尻餅をついた。梨は少しも砕けていない。相手は狼狽て壮年を見上げている。タバコはどこかに飛んだ。壮年は梨をかじった。咀嚼して皮だけぺっと吐く。梨って意外と堅いな。そんな空想をしながら、壮年は梨を片手に夜道を歩いた。街路灯に照らされる千葉の梨。振り返ると、相変わらずあんちゃんは携帯の画面に見入っているようだった。