川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

長岡

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ある夏に長岡の花火を一緒に見に行った。勿論彼女は長岡に何度も来たことがあり、水を得た魚のように動き廻った。長岡も変わった、などと言いながら。昼飯に天ぷらとそばを食ったのだったか。天ぷらが冷えていたのと、小学校時代は体育でスキーの授業があったと彼女が言い、さすが雪国だなと応じたのを憶えている。場所取りもしていなかったが、日が暮れ始めてから信濃川に行って、犇めき合う人々の中、ふたり分の場所を空けてもらった。河川敷が広いのだ。この時まつりのゲストとして常盤貴子が来ていたらしく、スピーカーから声だけ聞こえてきた。NHK大河ドラマ天地人』の絡みだろう。

打ち上げられた花火は凄かった。炸裂するスターマインがデジカメの枠からまったくはみ出してしまい、こんな大輪は肉眼で楽しむべきなのだと会得して機械をバッグに放り込んだ。次々にスターマインがはじけ、夜空を染める。極彩色が彼女の横顔に明滅するのをみつめた。

彼女と会わなくなって以後も長岡に行くことになるのはやはり河井継之助のせいだろう。ある冬、豪雪を目の当たりにし、私は今までこの雪を知らなかったな、彼女はこの雪を知悉していたのだ、と街角でふと思った。