川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

東の果て(長崎鼻)

12日、晴れ。鶴岡抄太郎は外川町にあらわれた。自宅から130km、千葉の東の果て、犬吠埼の南側にある漁業を営むこじんまりとした町だ。窓を開けながら海沿いを走っていると、銚子ジオパークの看板が目に入り、犬岩という名に惹かれて脇道にクルマを突っ込んだ。

f:id:guangtailang:20190512215737j:plainごつごつした岩礁の連なりの中に、たしかに柴犬のような両耳をぴんと立てたかわゆらしい岩があった。左側に目を移すと、岩礁の下部に洞穴が開いている。やや危険を感じないでもないが、鶴岡はこういうものをみたら、やはり行ってみたい質なのだった。慎重に足場を見極めながら下りていく。そこは暗闇というほどでもなく、割れ目の向こうから光が射し込み、波が打ち寄せ、磯の匂いが漂っていた。こういう光は電球の光とはまったく別ものなのだが、同じ光という字を当てざるを得ない。

f:id:guangtailang:20190512215934j:plain洞穴から上がると、鶴岡は今しがた抜け出てきた岩礁を見上げ、これは上ることができるのじゃないかと思った。やや危険を感じないでもないが、彼はこういうものをみたら、やはり行ってみたい質なのだった。慎重に足場を見極めながら上っていく。海からの強い風に髪をなぶられながら。そうして上り切ったところから臨んだ景色が最初の1枚だ。万一足を滑らせ転落し、岩に躰を打ちつけ、海中に沈んでいったとしても誰もみていない。いや、もしかしたら釣り人が気がつくかな。そんな風な考えが脳裡をかすめると、断崖は実にスリリングなのだ。

f:id:guangtailang:20190512220023j:plainf:id:guangtailang:20190512220332j:image犬吠埼に犬岩、犬若岬、犬若食堂。銚子の地には「義経伝説」が残り、さっきの犬岩も源頼朝に追われた義経が奥州に逃れる際、海岸に置き去りにされた愛犬が主人を慕って哭き続け、ついには岩になったという謂れがある。

f:id:guangtailang:20190512220404j:image外川も漁師町らしく、狭い坂道が海に向かって落ちていく。ただ、入り組んでいなくて、わりかし碁盤の目のように整備されている。銚子電鉄の終点、外川駅も降りた前の道が一直線に海に向かい下っている。

f:id:guangtailang:20190512220433j:imagef:id:guangtailang:20190512220626j:imagef:id:guangtailang:20190512220453j:image銚子半島東海岸最南端の岬、長崎鼻。この荒涼とした趣きに「果て」を感じる。ここから犬吠埼屏風ヶ浦も近いのに人気はない、鶴岡ひとり突端まで歩いていく。太平洋の荒波が打ち寄せ、耳のそばでびゅうびゅう風が鳴っている。寂しいなという言葉が口をついて出る。とはいえ、鶴岡はたまにこういう風景の中に身を置きたい質なのだ。長閑ではないが、別に人間を峻拒しているわけじゃない、来たいなら来るがいいさ、という突端である。ただ、天候が荒れた時は凄い顔をみせるだろう。

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