川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

さらば愛しき街

f:id:guangtailang:20221108133607j:image昨日の午後、Hさんが実家の僕の母親と会ったようだが、自家製の梅酒の有無を訊くのを忘れたと言うから今朝ラインにメッセージを送った。今年はつくってないけど、去年のならあるということだ。母親と僕とは彼女の大患以降、ラインのやりとりが頻繁になっている。コロナ状況下で免疫力の落ちている母親と会うのを控えている分余計にということはあるだろう。文章の中で彼女は最近しきりに〈終活〉という言葉を使う。

そのひとつ、今年の1月に神戸の祖母が亡くなり、向こうの家が空き家になっている。これを売却しようということで話がまとまっている。貴重品や思い出の品は家族で行った時あらかた運び出したが、いまだに部屋の中は家財道具でいっぱいだ。一人娘の母親への相続は済んでいるが、脊柱管狭窄症も患っている彼女はおいそれとは神戸に行けない。それで、この話は以前から出ていたのだが、その道のプロである父親がいちにんで向こうへ行って周辺の不動産屋を回り、相場を調べる。家の状態をチェックし、部屋の間取図をつくる。残っている家財道具の片付けはまあ最終的には業者にたのむことになるだろう。

日曜日に日帰りで父親が神戸に行ってきた。同業者であることを隠して4、5軒を回ったらしい。話の持っていき方や質問の仕方で同業か、それに関連した人物だとわかってしまったろうと言った。それで価格は、700~800万円が妥当なところだ。みんな同じようなこと言ってたよ。築35年。クルマが前まで入ってこれない。1200万って甘かったな。神戸は坂の街でいいっていうだろう、ばあちゃんちは坂の上っていってもそこまで上じゃない、それは却っていいんだ。あんまり上の方だと年寄りはもう上り下りできなくて下のマンションに引っ越している人も多いんだと。海の方へ。ああ。テレビで長崎もそんな状況だってやってたな。おれ、夜散歩に行ってたじゃん。坂の上の方はおれでもきついよ。狭くて急な階段を上って、そこからまた階段があって。さらに先があったりして。外灯も少なくて暗いんだ。しーんとして。下の歓楽街は賑わっているけれども、坂の上の住宅街はそう。神戸の夜が早いってそのイメージだから。

相続人の母親は価格など意に介していなかった。とにかく処分したらすっきりするということだろう。性格的にも躰の状況的にも。今後、神戸の旧友に会いに行くときは埋立地のホテルにでも泊まればいいのだ。自らの生まれ育った街のホテルに泊まるというのも一興でしょう。そういえば、Mの客に神戸の〈鬼金持ち〉という人がいたが、ひとつき前くらいに関係が終わっていた。彼女の不興を買って。ひと頃は往復の新幹線代を出してMを自分のエリアに呼び寄せ、淡路島や六甲山の高級ホテルで一緒の時間を過ごしていた人物。僕は、Mは根底的に優しくて愛情深い人間だと思うのだが、怒らせてしまったらそれだけに怖い。僕も最近少し怒らせてしまったというか、問いただされたことがあり、こちらが悪かったことを謝罪し、これからも仲良くしてくださいと脚に縋りつきながら、そんな自分をもうひとりの自分として眺めつつ、谷崎潤一郎のように悦楽に浸っていたのである。