川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

東京湾

f:id:guangtailang:20220726121637j:image退院翌日の昼にMと会う約束をしていたが、1時間前に連絡がきて、ギリギリまで頑張ってみたんですが吐き気と下痢が止まらないのでリスケしてもらっていいですか麻酔後遺症みたいです、とあった。退院翌日はちょっとムリがあるかなと思っていたので、わかったくれぐれも安静にして下さいと返した。ちなみにおれは内痔核手術の退院日に彼女と会ったが、ややもすれば縫合した傷口に意識がいってしまい集中できなかった記憶がある。あの頃ケツのフランケンシュタイン。おれも彼女も退院は7月下旬の暑いひなかだ。

それから2日後の夕、早くも会った。事前に訊いてはいたが、ハンバーグを食べられるのだから体調はまずまず恢復しているのだろう。ナイフで挽肉を分けながら、結構たくさん取ったんだよねと円錐切除した部分の塊をスマホの画像で見せてくれた。硬そうな黄色がかった物体の下に目盛りが添えられている。Mのモノだったからか、そこはかとない愛おしさを感じた。これを病理検査に回して、さらに精確な診断をするんだってね、これだけ取れば取り切れてるでしょ、手術から1~2週間後が要注意らしい、切り取った部位のかさぶたが剝がれ落ちて、人によってはかなり出血する場合があるんだってよ、などと利いた風なことを言ってしまい、即座に反省した。Mは自分の話を聞いて聞いてというスタンスのない人だから、いきむくおれを、そうなんだと受けて恬淡と見える。こちらから訊いて、入院中のこと、入院後のことをゆるゆると話してくれた。アンニュイは退院間もないからか、4分の1入っているフランスの血なのかと考え、紋切型を即座に反省した。

f:id:guangtailang:20220726121647j:image東京湾でシロギス釣りをした。人生で初めてのことだ。竿を持つのもエサを針に通すのも何もかもが初めてだった。ただ、誘ってくれた老練たちが心配していた船酔いは、生まれてこのかた乗り物酔いしたことがないおれには無縁だった。同行のHさんも酔わなかった。事前に薬を飲ませたのだが、却ってそれに眠気を誘われたのだと、あとでブーブー言っていた。

早朝の川を走る時分には曇り空だったのが、海に出てしばらくするとギラつく太陽があらわれ夏そのものの空となった。釣り場はどうやら木更津の近くで、陸には赤茶けた工場群が見えた。東京湾から眺める東京や神奈川や千葉の様子は新鮮で、老練たちはさほど構っていなかったが、おれは陸の景色ばかり見ていた。帰りはアクアラインの海底トンネルの上を通ったが、なかなかのスピードで、船首に近いところにいたので白い水しぶきが上がって虹がきらめいた。釣りの仕方をいろいろと教えてくれた老練のひとり(同業者でもある)Wさんが、船のエンジン音に消されない大声でこんな話をしてくれた。

夜中に東京を出て、3時間近くかけて焼津港に到り、イカ釣りをしたことがある。駿河湾は深くていろいろの魚類が釣れるが、目当てのイカは水深150~200ⅿのとこにいる。だから竿からオモリから何から結構な重装備で行くそうだ。釣れるイカはでかくて分厚くて美しい。ふつうのイカはこうやって持つとペラってなっちゃうけど、あっちのは違うんだよ、こう折れない、とWさんはジェスチャーで示す。ところがその時は1時間半かけて沖まで出て、時化ているから今日はできません、帰ります、だよ。東京からクルマ3時間、船1時間半でそのままトンボ帰り。地獄のようだよ。帰りのクルマじゃひたすらバカッ話して過ごしたね。たださ、そこの宿は油代取らなかったからね。つまり、イカ釣りをしようとしてできなかった話なのだ。

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