川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

奇人たち

f:id:guangtailang:20211025084429j:image日曜日はふたりの人物と会い、濃密な時間を過ごした。まず、ひとり目。大学時代の友人K。神保町はすずらん通りの東京堂書店1階で正午に待ち合せする。彼とは学生当時、働き始めてからも、しょっちゅう神保町で会って、その辺の喫茶店でお喋りしたものだ。コロナ状況下で2年会っていなかったが、それ以上の懐かしい場所を選んでくれた。

f:id:guangtailang:20211025084437j:image午前10時45分、家を出て、秋葉原から歩いて神保町に向かう。ウォークするには恰好のお天気だ。Hさんは浅草のホテルで仕事絡みのイベントがあるというので、意識がそこに集中されている。朝から方々に電話をかけ、ピャオ(チケット)がどうしたとかやっている。

約束の時間前に着き、書店の中を経巡るが、自分が今、何を読みたいのかよくわからない。今日、魅力的な人物ふたりに会うから、意識がそっちに傾注されている。3階の詩のコーナーで大学時代の奇人教授(随分偉い人なのだが)が新しい詩集を出しているのを見つけ、手に取る。そこで時間が迫ったので、本を戻して階下に降りた。階段スペースの壁にホウ・シャオシェンジャ・ジャンクーの写真が飾られている。よくは見なかったが、現在、ひどく変化した香港を巡る映画だったか。

f:id:guangtailang:20211025084444j:image昼飯に蘭州拉麺を食う。店外で並んで待つことになったが、回転は早かった。そのあいだ、ざっくり近況を喋り合う。レジで消毒、検温。検温の器具がキューブみたいな目立たないやつで、45歳のおじさんたちはまごつく。Kは茶卵、僕は酸梅湯をつける。〈西北料理〉という表現を見つけ、なにやらロマンを感じる。中国人の客も何組かいた。

f:id:guangtailang:20211025084450j:imageKは去年の7月から激動の時間を過ごした。それはコロナとは直接関係ないが、彼が言うには、コロナにより自分が在宅勤務になったことで家族のための時間がつくれ、身動きが取れたことが却ってよかったらしい。Kとのあいだには分厚い時間の積み重ねがあり、山小屋で暖炉の焔を眺めながら三日三晩語ってまだ到底足りないのだが、今回は東京の実務的な話が多かった。KはKの新たな立場で〈人生の畳み方〉を考え始めていると言った。7月からの事柄が大いに関わっているのだろう。しかしそれ以上に驚いたのが、彼が料理家になっていることだった。料理について熱っぽく語る姿に、料理をしない僕はまるでついていけなかったが、よい話だと思って聞かせてもらっていた。この趣味は、一見ブルータルな印象を受けるのだが、内に繊細さを秘めた彼らしいと言えば言える気がした。思えば、Kのベルリン留学時代、僕は弟とかの地に遊びに行ったのだが、その時にも短いパスタの料理をご馳走になった。喫茶店を2店はしごして、半蔵門線の改札間際、こうなってみるとあんまり実家に帰らなかったのが悔やまれると呟き、彼は帰路についた。

f:id:guangtailang:20211025084456j:imageふたり目。Mと会う。KにはMの存在を話しながら、このまま神保町で彼女と会うことを言いそびれて、僕も帰宅するような素振りをしてしまった。これを見る可能性が高いので、ここで謝罪します。申し訳ございませんでした。

ダーマペンをやったので顔が赤いです、と約束の時間直前にラインが来ても、僕にはなにやらよくわからなかった(その後、調べてわかった)。たしかに赤みが見られたから、酒飲んでもわからないねと軽口をたたいてみた。予約した店でラムチョップをかじりながら、3時間くらいお喋りした。クラムチャウダーみたようなやつをピチャピチャ猫のように飲むM。あそこの本屋さん、お店閉めてるねと窓外を眺めて呟く。彼女の父上、息子の奇人エピソードを聞くのは実におもしろい。が、M自身やはり奇人なのだ。あいだに挟まれている彼女が平々凡々のわけがない。こんなことを言うとセンチメンタルに響くかもしれないが、立て続けに魅力的なににんとお喋りすると、何かその反動がやってきそうな気さえする。しかも、この土曜日には違う奇人ににんとの鼎談が控えている、困ったなあと呟きながら、ニヤニヤしてしまう。

半蔵門線のプラットホームへの階段の途中で、渋谷方面行きの電車が動く合図がされた。行きなよとMに言い、彼女は駆け下りたが、目の前でドアが閉まった。それが絶妙なタイミングだったので、後ろで僕は大笑いした。初めて見るサイドゴアブーツについてコメントし、次の電車に乗ったMを見送ったあと、僕は立ち尽くし、またも「別のプラットフォームへ」の最後の4行を思い出していた。こうしてひとは死に近づいてゆくのかと思いながら。

f:id:guangtailang:20211025101200j:imageKと別れたあとMに会うまでのあいだ、もう一度書店に戻り、買った奇人教授の最新詩集。このことはのちのちまで覚えていそうな気がする。なぜだろう、なぜならば。

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