川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

同じメニュー、打包、そして猪に抱きつく

f:id:guangtailang:20211018092117j:image立ちっぱなしの試験監督員を終え、会場から駅までの坂を下る。徒歩だと10分以上かかる。雨はやんでいた。切ってあった携帯の電源を入れ、Mにメッセージを送る。この新駅の周辺は再開発の最中で、広い敷地がフェンスで囲まれ、クレーン車のアームだけが覗いている。駅舎は見えどもどうも道がわかりにくい。エスカレーターから見下ろすと、殺風景な空間に土がこんもり盛ってある。普段用事のない場所だから、次にこの駅で降りるのは2年後かもしれないし、いや、8日後に急に用事ができることだってあるのかもしれない。

時間通りにMはあらわれる。今日は気温が低いから上は暖かそうな服を着ていたが、脚は肌が露出しており、寒い寒いと言った。なんだかんだであたし月1で食べているよねと言われればたしかにその通り、毎回たのむメニューは同じ。羊肉串、锅包肉、拌干豆腐。それに彼女は椰子汁、僕は6時間の長丁場間から解放され、会いたい人が目前にいるテンションで酒をたのむ。Mが不誠実な待ちぼうけを食らったという話に、必要以上に立腹してしまう。途中で自分がここまでムキになっているのはおかしいなと思い始め、解放感と酒でちょっと変な感じになっちゃいましたと弁解する。Mは頓着する様子もなく、羊肉を頬張っている。やんろうちゅあんとぐおばおろうを食べている時が最近の幸せな時間ベスト5に入るというのだから、こちらも光栄だ。その後、話頭を転じて『007/ノータイムトゥダイ』を観たよという話をしたら、彼女も観たいリストに入れており、ダニエル・クレイグの顏が好きだという。僕も好きだ。あの動物のような顔、目。とMは評する。個人的には大型の洋犬でああいう顔、目のものがいた気がする。彼女がダニエルとアナ・デ・アルマスの劇中ツーショット画像を見せて、この人の顏もめちゃタイプなんだよねとキューバ人を指すから、この人のそれ、半裸みたいなドレスなんだよ。日本人がこうゆうの着るとエグくなっちゃうんだよね。そう、この人は余裕でそれでパーティに参加してるんだけど。ほかビリー・アイリッシュの歌う主題歌、ラミ・マレックの肌質など、ネタバレを避けながらひとしきり映画の話をする。久々に僕の酒は進んだ。彼女も1杯だけカシスオレンジを飲んだ。帰り際にぐおばおろうを打包(持ち帰り)にしてもらうのも恒例だ。

広い額を赤く染めた僕と顔色に変化のないMが店外に出ると、どんどこどんどこ太鼓の音が聞こえてくる。それに引かれるようにあっという間に暮れた猥雑な通りを歩き、石段を上り、摩利支天様を祀った寺に辿り着くと、彼女は参拝し、おみくじを引いた。小吉だった。摩利支天様は猪に乗っかっており、参拝する者には気力・体力・財力を与えるという。亥年の彼女には特別な意味のある寺だった。ブロンズの猪像に抱きついたMをすかさず携帯で撮った。