川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

サスペンダースカート

f:id:guangtailang:20210918220244j:image台風本体が徐々に関東に近づいてきて、外はドシャ降りだ。以前からこの日ちょろっと会う約束をしていたシーシー氏に「飛行機飛ぶの?」とラインで送る。ほどなくして「どうなんですかねえ」と返ってきた。「じゃあ、とりあえず羽田行くわ」と送る。彼と会うのは半年ぶりくらい。天気予報を見るに、函館は台風の進路からも雨雲からもはずれているので、飛ぶのだろう。10時にレインウェアを着て家を出る。浜松町からモノレール。これが今回ひとつの楽しみだった。何度か言及しているが、ちょっと変わった乗り物に乗るのが生来好きなのだ。揺れの大きいモノレールの窓から運河を眺める。斜めに激しく降る雨。けぶる遠景。自分が濡れなきゃこうゆうシチュエーションは好きだなと思う。11時半、空港第2ターミナル到着。

f:id:guangtailang:20210918220257p:image出発ロビーで待っていると、シーシー氏がふたりであらわれた。なに。そうゆうこと。ラインで一言も言ってなかったが。彼が妻帯者であることは当然知っていたが、一人旅の似合う男なので勝手にいちにんで空港に来るイメージを持っていた。羨ましいほどの毛量をハリネズミのように立てて、趣味の域を超す週4のブラジリアン柔術で鍛えた躰はさらに引き締まっていた。手をつなぐ傍らの女性は台湾人で、身長は167cm、台中出身の才媛だったと思う。逢甲夜市の近所に住んでいたのだったか。「6年ぶりですね」とケイトはわたしに言った。そうかあれからそんなに経つか。6年前に彼女と会った時、わたしはギリギリ前の妻と一緒で、ケイトはその女性と会った。が、Hさんと知り合ったのはその2年くらい前のはずだ。手指がズルズルになるほどストレスの日々だったので、記憶が鮮明ではないが。

函館へは湯の川温泉にただ浸かるためだけに行くという。実は先月も函館に行った。その時に泊まった宿がよかったので、今回もそこに泊まるという。シーシー氏のフットワークの軽さは知っているので、彼らならやりそうなことだと思った。昼飯にケイトが肉を食べたいと言ってそうゆう店に入り、カルビ丼をたのんだ。わたしは夜、Mと牛カツを食べる約束をしていたが、牛タン定食をたのんだ。シーシー氏は「今日はチートデイなんで」と前回につづき言った。その後、通路のようなカフェに場所を移す。今回初めて知ったのは彼の母親の出身地が津軽地方ということで、そこの方言は標準日本語とはかけ離れ、全国でも有数のむつかしさだよとケイトに言った。Hさんの浙江方言(呉語)が標準中国語とはかけ離れているという話から流れていったのかもしれない。また、ケイトがペットを飼いたい、イヌネコフクロウハリネズミと日本語で言うから、旅好きなあなたたちにはヘビがいいと思うと提案した。シーシー氏もトカゲを推奨していた。13時過ぎ、彼らを見送る。

帰りもモノレール。雨は止まないが、雲が薄くなり、遠くの空は明るんでいる。レインウェアは空港から脱いだまま。14時半に池袋に着くと雨はあがり、光が射している。目に映るものがやたら眩しい。そこに傘を持たない、すっぴんに近いMがあらわれた。顔の色艶はだいぶよい。細かい水玉のシャツに黒のサスペンダースカートと今日はいささかフェミニンな装い。この人の笑顔を見、声を聞くのは大切な時間だ。と書けば恋する高校生みたい。本人にも言ったことだが、ざっくばらんのようで存外相手をよく見ており、鋭い洞察が言葉の端々にあらわれるので、こちらの正体を剝されるようで、実は少し怖いところがある。まあ、ユーモアのある人というのは多かれ少なかれそうゆうところがある。その洞察の言葉をスルーしてしまう人はそれはそれなのだが。あと、これは口数の多寡とは関係ないが、彼女は余分なことはあまり言わない気がする。わたしが余分なことばかり言ってしまうから余計そう思うのかな。いずれにしろ、〈言葉〉は相手とこちらのあいだにある。牛カツは店外で待たされた甲斐あって半個室のようなところに案内された。窓を雨粒がつたい、Mが「働いてる人がいるんだね」とその向こうのビルの明かりを眺めて呟く。連休なのにか、あるいはこの時間なのにか、その両方か。衣の中の肉はレアーだからどうかなと思ったが、彼女はおいしそうに食べていた。茶碗蒸しはあげた。わたしは茶碗蒸しと漬物が出ると、一緒の人にあげることにしている。帰りはまたザーザー降りだった。

f:id:guangtailang:20210919151043j:plain翌日は快晴。朝早く、洗濯物を干している時のわたしの思いつきで、隅田川の遊覧船に乗ることにする。Hさんも即座に賛成し、携帯で12時10分、浜離宮行を予約する。家を出たのが早過ぎて、途中カフェで時間を潰した。ネット予約した客は優先的に案内され、船尾の中央に座る。出航してしばらくすると、隣りの中年女性ににんが立ち上がり、なにやらゴソゴソやっていたかと思うと、瓶の口を開け、川に酒を撒いている。その飛沫が風の具合でHさんやわたしにかかる。もういちにんはカステラのような菓子を取り出し、それをちぎっては川に投げている。彼女らのあいだに小さな段ボールがあり、瓶がまだ数本入っている。全部ぶちまけたらさすがに何か言ってやろうと思ったが、ほどなくしてやめた。Hさんの中国語に二度見していた彼女らだったが、ににんの喋っている言葉も標準中国語じゃなかった。どこの方言かはわからなかった。浜離宮をHさんはいたく気に入ったようだ。天気も抜群だったしね。

復路は地下鉄。浅草で龜十のどら焼きを並んで買って帰宅。うまいよ。うまいけれども、正直どら焼きがこの値段するのとは思う。