こちら、雨はまだ降っていない。風も吹いていない。テレビでは九州の福津市付近に上陸したと言っている。今夜半からか。天津甘栗を買ってきてくれろとHさん。あれ美味しいでしょ。大きめのパックに小分けされたパックがいくつか入っている、河北省産のやつ。先日スーパーでレジに並ぶおれに、彼女がどこからともなく持ってきた。あなたは? わたしは做作业(ズオズオイエ 宿題やります)。甘栗を頬張りながらやるんか。わかった。まあ、ウォーキングがてら。返事はファイッ!と元気よく。おれの頭頂部の薄毛もゆくゆくはバーコードヘアーをやってやれないことはない方向。Hさんが假发(ジャァファ ヅラ)を買ってくれるという話はまだ先のことか。
バーコードで思い出したが、今日の午後に事務所の近所のコンビニに立ち寄った。レジのBBAがおれの商品をバーコードリーダーで読み込んだあと、その機械を投げて返すように粗雑に扱った。レジ横の置き場でひっくり返っていた。マスク越しにもむすっとした顔に不機嫌さが出ている。それで思い返せば、前回もこのBBAはおれにこの手の対応をしたような気がする。ははあ、たぶんこいつは知っているんだなと思った。と同時に客に対してようやるとも思った。このBBAの夫のことをおれの父親は嫌っている。だから、BBAの夫もおれの父親を嫌っている。共通の知り合いがいて、その人がBBAの夫の前でおれの父親の名前を出したら顔を歪めたそうだからまず間違いないだろう。なぜおれの父親がBBAの夫を嫌っているのか、理由をだいぶ前に聞いたが、最早あやふやな記憶になっているので、ここに書くのはよそう。BBAも夫からおれの父親が自分の夫を嫌っているのを聞いているだろう。そして、おれがその息子であることを知っているのだ(こっちはネームプレートですぐわかった)。おれはBBAとの接点がここコンビニのレジでしかないが、BBAはこんな風に溜飲を下げている。おれもありふれた日常のこんな場面で不快な気持ちになりたくないわけよ。コンビニは半径500m以内に他に4、5店舗はあるしね。(ふと思ったが、このコンビニで公共料金を払ったことがあったな。だとすれば、おれの珍しい名字が目に留まった可能性は十分にある)。
ぐるぐる回ってもわからず、「天津甘栗はどちらに置いていますか?」としゃがんで商品を並べている50年配の男性に訊ねた。その人は店員にしては呆然とした表情を一瞬浮かべ、額の汗を拭った。そして案内された先にあったのはすでに小分けされたパックの日本産だった。「大きなパックの中に小分けされたパックがいくつか入ってるやつなんですよ」と言うと、また汗を拭い、「少々お待ち下さい」と小分けされたパックをつかんだまま、小柄な躰を俊敏そうに動かし去っていった。おれはその場に立っていたが、その人が店内を走り回っているのが棚のあいだから見え隠れした。前を通った時に、「今、詳しくわかる者を探してますんで」と言い、また去っていった。そのあいだにおれはコーヒーゼリーをふたつ籠に入れた。しばらくして彼が大きなパックを抱えながら戻ってきた。「すいません、野菜のコーナーにありました」。地肌の露わな薄くなった額の汗を拭った。この一所懸命さには少し感動させるものがあった。けれど、野菜コーナーに甘栗はわからんて。