川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

锅包肉をぶら下げて

f:id:guangtailang:20210913125650j:imageMは勤め先の病院を休んでいるという。そのあいだほぼ臥せっていて体重が4kg減った。ただでさえ瘦せ型なのにそこからの4kgはおれの4kgとはわけが違う。化粧もほとんどしていないが、顔の皮膚は青白く、目がいつも以上に大きく見える。病み上がりそのものといった様子だ。「よく今日来たな」と言ってしまった。数日前に約束したが、少なくとも羊肉串が食べられる程度には恢復しているのか。11時半に店に入るとおれたち以外に客はいなかった。繁華街の乱立するビル群が見える窓際のテーブルにつく。手前のビルの屋上の錆びた鉄骨を眺めながらMが、「テレビドラマで使われそうだね」と呟く。「犯人が追い詰められて逃げ場がなくなって…」「そこから隣りのビルに飛び移る…」と話を少し膨らませ合う。鼻声で、いつもに比べアンニュイの魅力があった。

羊肉串、拌干豆腐、锅包肉、椰汁。店舗は違うが、前回とまったく同じものを注文する。Mに食欲があり、一安心だ。話の流れでディズニーランド(シー)に最後に行ったのはいつと回想し、「もう随分前だけど、前に話したことがある新潟の女性と行ったんだった。雨の夜で、タワーオブテラーだっけ、あれに乗り放題」「その人はディズニーが好きだったの、それとも絶叫系が好きで」「ミッキーマウスとかそうゆうのが好きな感じじゃなかったな。たぶん雰囲気やスリルを味わいたくて。そういえば、ディズニーシー行くってなんか伏線があったな。渋谷の洋食屋で飯食ってて……いやちょっと思い出せないけど、別のこと思い出した。その時、『タイタニック』の話になって。バスペールエールってビール知ってる? それが船に積まれてて、それも沈んで海の藻屑となりましたとさ。ってエピソードを話したら、その人が〇〇さん(おれの名前)てよくそうやってへんてこな話に持っていくよね」「へんてこって?」「つまり、ディカプリオとか映画の話をしているのにという…」「ふつうの話じゃない?」「それがその人は置き去りにされてしまったと感じた」「あたしはそう感じないけどな」「それはM自身もへんてこで、おれの話にこうやってついてくる」と左右の人差し指をくっつけてテーブルの上で横に動かすと、彼女は屈託ない声で笑った。それを見て嬉しかった。その後、今度はMの話。中学校時代の同級生の男が女友達に会ってほしいと言ってきた。あまり気乗りしなかったが、最近彼に猫の移動のためクルマを出してもらっていたので、しょうがないなと思いながら会った。その女友達というのは人柄はよさそうだったが、話す内容、受け答えがことごとくありきたりで、時間が経つうちに帰りたくなり、ほんとうに途中退席してしまった。『早春スケッチブック』の、全盛期の山崎努が顔を歪め、口角泡を飛ばして言い放つ、「おまえら、骨の髄までありきたりだっ!!」。あとでこれを思い出して、にやにやした。

f:id:guangtailang:20210913125656j:image锅包肉を一度食べた女性は漏れなく好物とするようになる。ここの锅包肉はボリュームがあるから、ふたりでもそうそう食べきれない。Mが持ち帰りできないのかなと言うから、「中国はふつうに打包あるよ」と答え、会計の時に服務員にお願いする。锅包肉の入ったビニル袋をぶら下げて街角を歩くM。新鮮でおもしろい光景だ。