土曜日はたしかに夏があふれていた。U駅でMと待ち合わせした時のわたしの第一声がそれだったのだが、聞き返された。ドトールの姿見に映った壮年の額は汗でじっとり濡れている。Mに腕にタトゥーの入った女を見たかと訊かれ、さっき改札で待っている時に目の前にいたから見たよと言う。黒装束で、背丈や体型が子どもみたいなのだが、多くタトゥーの刻まれた腕はほんとに小学生のように細い。端的に言って痛々しい。表情も現実から遊離している感じで翳っており、ふたりともちょっと怖いと思ったのだ。
午後8時前にわたしのスマホに電話があった。小美玉のブルーベリーファームの園主からだった。せっかく予約してもらったが、長引く降雨の影響でブルーベリーが生育不良となっている。それで、しばらく園を閉じるのだという。再開の折にはまたサイトで告知する。まだ帰宅していないHさんに微信でその旨伝える。その後、凄まじい驟雨があり、階下で玄関ドアが開いた時には10時半を廻っていた。
朝のうち東京を出発して常磐道を北上しているあいだ、垂れ込めた雲がずっと空を圧していた。が、水戸を過ぎたあたりから向こうの方で青空が覗き始めた。明るい方へ向かってランフオを駆るのは気持ちがいい。常陸大宮に昼前に到着し、土地の農産物を買う。この頃、空は完全に夏があふれていた。道の駅の裏手に久慈川が流れている。例によって近距離でも日傘を差して歩くHさん。エノキの大木の下で写真を撮る時も傘を閉じたり開いたり。川の水は茶色く濁っている。
また土曜日に戻る。不意にパンッという乾いた破裂音がした。ふたりで何か会話していたが、ちょっと経ってからMがその音を銃声じゃないかと言う。さっき、駅前にやくざいたし。たしかにいた。T区はやくざが多いから。ここT区? そう。金属的な音が混じっていた。タイヤのバーストとか? 違う。人が飛び降りて何か金属の上にぶつかった? いや。それにしても誰も騒いでいるような気配もない。Mはなにやら思案気。なんにせよU駅は不穏な場所だ。帰り際に今度は背が高かったが、首筋にケロイド状の傷痕のある、真っ青なマニュキュアを長い爪にした女を見た。さっきのタトゥーの女と表情がどこかしら似通っている。
昼飯は海鮮でというHさんのリクエストで東に28kmほど走り、日立のおさかなセンターへ。BTSの「Dynamite」がどこからか流れている。2階のレストランでメヒカリの唐揚げをむしゃむしゃ。Hさんはここのやつがいちばんうまいと言うんだ。
入院したらしばらくこうゆうものにもありつけないなあという気持ちをどこかに抱きつついただく。ただ、病院に勤めるMにいろいろ質問して、初めての経験を楽しもうという気持ちも出てきつつある。変態だから大丈夫という謎の激励ももらった。
古房地公園より久慈浜海岸、久慈漁港、茨城港湾日立港区を見やる。
シャオレイにほんと痩せましたねと微信で言われ、にやにやするおっさん。13kgはさすがに言い過ぎだけれども(なぜか多めに痩せたアピールをするHさん)。10kgは痩せた。
高低差の関係で久慈浜海岸が一望というわけにはいかないが、海岸沿いにあるカフェレストランで休憩。テラス席から空と海の方を眺める。日頃、東京の片隅で動き廻っていると無性に海が見たくなる。というか、五感で海を感じたくなる。年々そうゆう気持ちが強まっている。ずっと下町で育ってきて、茫漠とした空間に対する憧れか。だだっ広いから太平洋が好きだ。
服務員の女性が「また曇ってきましたね」と言う。海からの湿った風も急にひんやりしたようだ。それを潮に席を立った。古房地公園に駐めてあるクルマに乗って少しお喋りしているあいだにぽつぽつフロントグラスにきた。
帰りの常磐道は豪雨と稲妻の中を走った。午後5時過ぎ、無事帰宅。