川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

薄闇の広場

f:id:guangtailang:20210527123255j:image風と共に去りぬ』は第3巻の371頁まで進んだ。この鴻巣友季子さんの翻訳は先行するそれと比較されて毀誉褒貶の多いものらしいが、おれは全然気にならないな。スカーレットのアイルランド魂、直情径行、リアリストぶりがよく描かれているのじゃないかしら。知らんけど。さて昨日もHさんとウォーキング。皆既月食の時間に合わせて繰り出したが、ご存じのように雲に隠れて見ることはできなかった。しかしこの天文ショーを見ようと老若男女が川沿いの土手─これはスーパー堤防を兼ねており、幅の広いゆるやかな石段で広場へとつづいている─に集まっていた。30人はいるだろうか。みんなマスクをし、距離を保って、思い思いの恰好で都会の空を見上げ、あるいは携帯の小さな画面に目を落としている。やっぱり見えないねと誰か呟く。子どもらは月など構わず歓声を上げ走り回っている。ホームレスがやってきて今夜は場違いと思ったのか、すぐに踵を返す。川からは気持ちのよい風が吹いてくる。傍らのHさんは大陸の孫の動画を眺めてにやにやしている。ああ、今この薄闇の広場にはいい時間が流れているなあとぼんやり思った。正直、おれは皆既月食にそこまで関心がない。だから、見られなくたって別段がっかりもしない。皆既月食だって人間に関心はない。ただ、この場の雰囲気には立ち去りがたいものがあった。結局30分以上そこにて、おもむろに立ち上がった。そのあいだ、Mのことを考えたか。やっぱり考えてしまった。一泊でいい、彼女と旅行をし、碧い海を一緒に眺めてみたい。夜は夜で、暗い砂浜を散歩したい。いつになるかわからない。ただ、この計画はおれの脳裡では82%出来上がっている。