川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

蜜柑狩り

渋滞情報を見ると、昨日は関越道がおばけだった。今日はそれほどのことはないようだが、それでもとにかく時間を早めることにした。午前8時出発。高速から富士山がくっきり見えた。

f:id:guangtailang:20201025163735j:imageどろりとした甘めの味噌だれが蜜柑狩りのあとの一服に合う。ファさんが1本、抄太郎が2本。しめて300円。パイプ椅子に座りかじっていると、目の前にこの果樹園の人たちの住む家─木造二階建の伝統的日本家屋─があり、山の斜面のそこだけ平坦地に建っている立派さにしばし見とれる(都会の木造二階建とはなにしろスケールが違う)。

f:id:guangtailang:20201025163748j:image斜面を上り、そこから鉄塔の連なる向こう側を眺める。風はなく、汗ばむ陽気。去年は日本開催のラグビーW杯のさなかに来たのだな。疫病のおかげであの熱狂からずいぶん経ったように思うが、今年も来られて抄太郎は嬉しかった。この後、風布ルーチンの湧水汲みもした。

f:id:guangtailang:20201025163917j:image蜜柑の袋をかつぐ鶴岡抄太郎。蜜柑狩りは今日が初日で、早生だからしてまだ緑色が抜けておらず酸っぱいものも多いのだが、抄太郎はただ甘い蜜柑よりも酸味と甘味のバランスがとれたやつが好きである。

f:id:guangtailang:20201025164007j:image車内のBGMは松任谷由実の『悲しいほどお天気』『水の中のASIAへ』。ちなみに、晴天を〈悲しい〉と表現した元祖は梶井基次郎だそう。「今、空は悲しいまで晴れてゐた」。

これまたルーチンのサイボクハムへと向かう。

f:id:guangtailang:20201025164020j:image秋吉久美子さんに片岡鶴太郎。このふたりを見て瞬間的に『異人たちとの夏』(1988・大林宣彦監督)が思い浮かぶ。鶴太郎は今でこそストイックにヨガを実践してえらく痩せてしまったが、映画の時分は太っていた。だが、映画の中の寿司職人役(本質的にはそうゆう役じゃないが)は太っていない。たしか、太ったやつの握る寿司なんか食えるかという批判が関係者からあり、映画に間に合うように必死にダイエットしたのだ。

f:id:guangtailang:20201025164031j:image狭山茶のソフトクリーム。正直言って、たいしたことはない。ちょうど昼頃に着いてしまい、すぐにレストランの番号札を取りに行ったのだが、1時間以上は待たされそうな雰囲気だ。そのあいだに肉と野菜等の買い物を済ませ、クルマに積み込み、戻る。順番受付をスマホで確認すると、それでもまだ〈19番目〉となっている。木蔭を探しながらぶらぶらし、子どもらの遊び場の端っこにある長椅子に腰を落ち着ける。シャボン玉をつくってはしゃぐ親子がいる。ディンディンとシャオレイの赤ん坊がまだ産まれないねという話をファさんとする。あとはぼんやり他人の子供らを眺めている。抄太郎はお帽子を顔にかぶせ、仰向けになった。喧騒が一瞬遠のく。進めば早いのか、〈8番目〉になっていた。

f:id:guangtailang:20201025164106j:image小ぶりにせよ蜜柑をお互い10個は食っていると思うのだが、待っているあいだに腹が減った。たのむ品は決まっている。

〈8番目〉になったあと、ファさんが「先にちょっとレストランを見てくる」と行ってしまう。抄太郎はしばらく仰臥していたが、急にがばっと半身を起こした。近頃、YouTubeで未解決失踪事件の考察動画を見るのが日課となっており、知らず影響されているのだろう。レストラン前の人混みに彼女の姿が見つけられないと、焦ったようにLINEで、今どこにいる? 肉の売り場にいるのか? おれはもう前にいるよと連打した。既読はしばらくつかなかった。失踪というのは、残された者にとって日常生活の延長上に、何の前触れもなく起こる。だからこんな風にファさんがいなくなっても不思議じゃないのだ、などと変に深刻に考えた。一方でおれは莫迦なことを考えているなという冷静な頭もあった。10分近く経ったろうか。人波の中からラベンダー色のニットを着たファさんがあらわれた。訊けば、抄太郎がソフトクリームを好きなのを思い出し買いに行ったが、列の進みが遅かったので買わないで戻ってきたとのこと。おれはもうさっき食ったよ(そうか、トイレに行って見てないんだな)。彼女は〈8番目〉のことも知らなかった。未解決失踪事件の動画ばかり見ていると、あなたもこうなってしまいますよ。

f:id:guangtailang:20201025164117j:imageどこかでも見た。三角屋根の面積が広いと、滝のように落ちるのだろう。こうして何本も伸ばした脚から流して雨水を排する。

渋滞に遭わず、午後4時帰宅。

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