川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

非情の世界

『迫り来る嵐』(2017・董越)をDVDで。原題『暴雪将至』。まあ暗い映画だわね。画面の色調もそうだけど、ほぼ全編どしゃ降りの雨だし、後味の悪い結末が用意されているし。でも、そうゆう暗鬱なトーンで押していって最後までちゃんと観られるのは、ロケーションがどれも素晴らしいからですね。大陸の寄る辺なさというか、殺風景というか、非情の世界ってこうだよねというのが見事に映されている。人物が翘舌(反り舌音)を利かせて、巨大な製鉄工場が出てくる連想から東北地方か河北省辺りの話かと思って調べてみると、湖南省の衡阳、娄底という城市で撮られたらしい。でもこれは北方の話でしょう。ジャケットに『殺人の追憶』『薄氷の殺人』というタイトルが載っているが、僕はなんだか『プリズナーズ』(2013)を思い出した。【以下、ネタバレあり】

f:id:guangtailang:20200404214354p:plain時は1997年。この主役の男は巨大な製鉄工場とはいえ、たかだがそこの保安係に過ぎないのに、地元の公安と懇意にしており、殺人現場にもずかずか入っていって写真を撮り、探偵の真似事をしている。大陸の地方都市ではあるいはそうゆう緩さもあるのかも知れないと思って観た。香港返還の年で、そのことが匂わされる。

f:id:guangtailang:20200404214426p:plainこの暗さ、殺風景な中に人がうごめいている感じ、とても大陸という感じがする。

f:id:guangtailang:20200404214508p:plainこの部屋のロケーションも良いですね。テーブルの上の乱雑、窓外のネオン。全体的に饐えたピンクのような空間。個人的に好きです。

f:id:guangtailang:20200404214545p:plain巨大製鉄工場の中で雨と泥にまみれた追跡劇が繰り広げられる。そして、若い相棒が命を落とす。

f:id:guangtailang:20200404214618p:plain女。浙江省紹興市出身の江一燕という女優さんです。美しいですが、この映画では薄幸が服を着て歩いているような感じで、実際、そうゆう最期を遂げます。

f:id:guangtailang:20200404214659p:plain大衆食堂のロケーションもいかにもといった風情。Hさんはこの手の映像が出てくると必ず、現代の中国は発展して瀟洒な店がたくさんあるのに、なぜわざわざこんな小汚い店を映すのかと口を尖らすのだが、いやいや、陋巷に至ればこんな店が犇めいているだろうと。僕はむしろそれらが好きなんだよと言います。

f:id:guangtailang:20200404214736p:plain雨はつねに降りつづける。男はこの町で犯人とおぼしきひとりの青年に目をつけるが、そのことが悲惨な結果をもたらす。

f:id:guangtailang:20200404214818p:plain探偵まがいの男が危険な賭けに自分を利用していたことを知り、自らが営む理容院に彼を呼び出す女。彼女は香港で理容院をやりたいと言っていたが、この地方都市でとりあえず店を持った意味があんまりよくわからなかった(元の経営者が理容院を手放すタイミングだったのはわかる)。金を貯めて、それから香港へということなのだろうが、女の顔の傷を見て、早くその仕事から足を洗わせるため、男が援助したのか。ただ、女の若い頃の写真を見て、彼女を利用しようと彼が閃いたのも同じ時なのだ。結局、愛の問題なのだろう。先ほどの大衆食堂から覗ける場所に理容院はある。

f:id:guangtailang:20200404214856p:plain女は絶望ゆえに橋から身を投げ、その腹いせのように、男が犯人と睨んだ青年は、男の私刑によって寝たきりの躰となる。陰陰滅滅たる展開だ。

服役していた男が出所すると、かつて並々ならぬ執念で彼が追っていた殺人事件の犯人は、思いも寄らないかたちですでに死亡していたことが判明する(その死に方が酷い、というかあっけにとられる)。その後、自分が保安係をやっていた製鉄工場(現在は廃墟)に来ると、雑役夫の老人にどやされる。男はここで模範工員として表彰されたことがあると言う。すると、老人はそんなことはありえないと、保安係の存在や表彰の事実を否定する。自分は長年ここで働いていたから間違いない。男は呆然と佇む。

停留所から男が公共バスに乗り込む。バスがエンストを起こす。流れない車窓を虚ろな目で眺めていると、ちらちらと雪が舞ってきた。

f:id:guangtailang:20200404214937p:plain「迫り来る嵐」っていうより、「そして暴雪に至る」という感じ。劇中、カーラジオから稀に見る寒波が襲来するという予報が流れている。「迫り来る嵐」というのは男の内面のことを指しているのか、暗鬱たる結末に至る過程を指しているのか、まあどれだっていい。