川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

青春のうしろ姿

f:id:guangtailang:20190707213958p:plain1980年代半ば、極楽寺駅附近にあるアパートの一室。じゃらじゃらとぶら下がった玉暖簾。70~80年代を切り取ったロマンポルノにはよく出てくる。私が幼少の頃にも両親が取り付けたやつがあったと記憶するが、最近はほとんど見かけない。とはいえ、地方の山間の旅館に泊まった時に随分立派なやつがあったが。

f:id:guangtailang:20190707214102p:plainにっかつロマンポルノ、『不純な関係』(1984・監督 西村昭五郎)をDVDで。極楽寺駅の裏側。坂道があって脇に江ノ電のかわゆらしい車輛が停まっていて、フォトジェニックな構図。瀟洒な鎌倉。さて、映画はひとりの男とさんにんの女をめぐる話なのだが、どいつもこいつも自堕落で節操がない。彼・彼女らはすでに青春を通過して、それでいて今もなお社会の規矩に収まるのを拒んでいるような状態。1984年といえばバブル景気前夜で、妙に満ち足りた倦怠感が世の中を覆っており、そういう時代の空気と個人の生活様式がリンクしていたこともあるかも知れない。私は当時小学生だったので事後的にあれはそうだったのかと考えるだけだが。そういえば玉暖簾も見かけないが、「不純」という言葉も近頃聞かない。不純異性交遊という言葉はやはり80年代に漂っていた気がする。【以下、ネタバレあり。役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

f:id:guangtailang:20190707214200p:plain男ひとり、酒井昭。女さんにん、中村亜湖、山本奈津子、江崎和代。酒井は妻の亜湖との夫婦生活を蔑ろにし、大胆にも情人の山本を部屋に呼んで交接するが、当然ながら浮気は即座にバレる。おかっぱ黒髪の亜湖は酒井を詰問し、あてつけのように酒井の友人の伊藤昌一と寝ようとするも彼は拒み、酒井の昔の女である江崎の家へ連れていき、ちゃんと喧嘩するように促す。この江崎という人は艶やかな声でよどみなく喋る。亜湖の声が低くやや訥弁ぽいので、その対照が際立つ。

f:id:guangtailang:20190707214240p:plain玉暖簾のあいだから自慰する酒井が覗ける。離婚届から昭和28(1953)年生まれであるとわかるこの男はすなわち31歳である。昼間にパチンコ屋で知り合った中年女と交接し、その途中に歯痛を起こすのだが、その歯が抜ける。特に顔がいいわけでもない、甲斐性があるわけでもない乱暴者の酒井が、なぜ複数の女にちやほやされるのかよくわからないのだが、ここまで観てきてひとつ推測できるのは、性交に関しては相当いいのだろうということである。たしかに躰は引き締まっており、絶倫じみたところがある。

f:id:guangtailang:20190707214310p:plain亜湖が取り乱して江崎に水をぶっかけたりはあるが、夫の浮気相手が彼女でないことが知れ、お互い言い過ぎちゃったねと亜湖と江崎は接吻し絡み合う。第三の女に対する女同盟。

f:id:guangtailang:20190707214402p:plain❝青春の うしろ姿を 人はみな 忘れてしまう❞という荒井由実「あの日にかえりたい」の一部を独特の節回しで唱う酒井。この詞がこの映画のエッセンスのようでもある。曲は1975年にリリースされた。1984年、この頃もまだバランス釜主流か。

f:id:guangtailang:20190707214443p:plain亜湖が冷蔵庫を新調し、それが届く時間に在宅するよう酒井に頼むのだが、酒井は山本と温泉旅行に行ってしまう。どこまでも身勝手な男なのである。ただ考えてみると、社会の規矩を踏み越えて、己の欲望のままに突き進む酒井のこのような行動に一抹の羨望もないかといえばそうは言えない。すなわち青春のうしろ姿を無性に追いかけたくなる時が私にもある。誰にもあるに違いないと思う。世間からは、いい歳して何やってやがる、莫迦!と非難されるだろうが。

f:id:guangtailang:20190707214602p:plain酒井が旅行から帰りアパートのドアを開けると冷蔵庫の中に亜湖がいる。彼女はこの大荷物をひとりで玄関まで運び込み、そのせいで室内に入れなくなったのだ。さすがに罪悪感を感じた酒井は、この映画で一度だけだったと思うが、「すまん」と亜湖に謝る。

f:id:guangtailang:20190707214631p:plain行きつけのバーで泥酔し、抱き合う江崎と伊藤を尻目に他の客のカップルにちょっかいを出したあげく、氷をぶっかける酒井。この後、男の客に灰皿で殴られ、頭から流血する。この時の酒井はほんとうに酷いから私が客でも同じ様にしたろう。店のマスターは酒井を出入り禁止にするわけでもなく、我関せずと漫画を読んでいる。

f:id:guangtailang:20190707214719p:plain酔って裸で嘔吐し、もうこの辺りの展開はぐだぐだなのだが、亜湖は酒井にほとほと愛想を尽かしている。しかしこういう人間の見苦しいリアル、ロマンポルノだから描けるのね。

f:id:guangtailang:20190707214757p:plain山本は酒井が好きでたまらない。亜湖の目前でふたりは交接するが、ふと目を向けると包丁を握り手首から大量の血を流した亜湖が佇んでいる。酒井は動転し、挿入を中断して黒電話に飛びつくが、ダイヤルをうまく廻せない。そこに亜湖がやってきて電話線を切り、血液ではなくケチャップであることを明かす。酒井は彼女を殴りつける。青春のうしろ姿を追いかけた大人たちのみっともない茶番である。

f:id:guangtailang:20190707214841p:plain行きつけのバーに全員集合。普段は寡黙なマスターが訊く。「思い出づくり?」。江崎が答える。「思い出くずしよ」。