川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

天嶮の漢たち

『ココシリ』(2004・監督 陸川)をDVDで。4、5年前に観て今回2度目だったが、またもや圧倒された。途方もない自然の中で、あまりに生死の近接した漢たちのドラマが進行する。映画は90分程に収まっており、私はパソコンの小画面で観たが、ほんとうはテレビでも大画面のやつで観るべき作だ。

ココシリとは何か。まずはその説明から。「フフシル(中国語簡体字:可可西里、ピンイン:Kěkěxīlǐ)は、チベット高原北部の、西蔵自治区の北部と青海省の西南部にまたがり、およそ東経90°、北緯36°付近に位置する山地。世界第3位の広さを持つ無人地帯で原始的な自然状態がほぼ完璧に維持されており、230種類を越す野生動物が生息している。「フフシル (Хөх шил, xöx sil)」という名称はモンゴル語で「青い峰」を意味し、チベット名の「ホホシリ (ho ho zhi li)」、中国名の「可可西里」はいずれもこのモンゴル名を音写したものである。日本では、中国名「可可西里」からカタカナ転写された「ココシリ」という呼称が用いられる例が多い。」Wikipediaより

1990年代、ココシリに生息するチベットカモシカの毛皮が高額で取引されることから密猟が横行し、わずかな期間にチベットカモシカの数は1万頭にまで激減した。しかし、政府は対策に本腰を入れない。そうした状況下で密猟を取り締まるため、私設のパトロール隊が組織される。彼らは皆チベット人、リーダーのリータイは元軍人、隊員は元学生や元運転手など寄せ集めで、無給で過酷な監視活動をつづけていた。ある日、隊員のひとりが密猟者に殺される。パトロール隊は密猟者を追うため、北京から取材に来たガイ記者を帯同し、山に入る。といっても日本の山とはスケールが違い過ぎる。無論、日本の山だって十分に危険なのだろうが、ココシリは天嶮の地として桁違いなのだ。【以下、ネタバレあり】

f:id:guangtailang:20190517120201p:plain平均海抜4,700ⅿという場所にあるキャバクラ。隊員はひととき寛ぐ。が、すぐに出発の命令が下る。

f:id:guangtailang:20190517120243p:plain茫漠たる荒野と聖域のように聳える山脈。

f:id:guangtailang:20190517120321p:plain乗り捨てられた車輛の中からチベットカモシカの毛を発見するリータイ。この苦み走った人は、実にリーダーの風格がある。多布傑というチベット人俳優なのだが、この名がまたややこしい。「日本では、彼の主演映画の一つ『ココシリ』の配給元・DVD販売元であるソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントによる"デュオ・ブジエ"("デュオ・ブジェ")というカタカナ表記が広く用いられているが、彼の"多布傑(多布杰)duo bu jie"という中国語の表記は「壮健なる」「盛んである」を意味するチベット語「トプギェル(stobs rgyal)」を音写したものであり、「多」を姓、「布傑」を名と誤認したうえ、拼音によるローマ字表記「duo bu jie」を英語風になまっている上記のカナ表記は誤りである。 」Wikipediaより

f:id:guangtailang:20190517120404p:plain貨物車輛が雪どけの泥濘にはまり立ち往生するのを、隊員が力を合わせ引っ張る。だが、車輛は微動だにしない。そこで捕らえた密猟者にも手伝わせ引っ張ると、車輛はやっと抜け出る。

f:id:guangtailang:20190517120812p:plain茫漠たる荒野に小屋を建て、独りで3年間住みつづけ監視を行っている隊員もいる。あまりに生死が近接しているため、昼、外で無邪気に唱い踊ったり、夜、テントの中で酒を酌み交わすのが至福の時である。

f:id:guangtailang:20190517120450p:plain密猟者の一味、マー爺。現在は皮剝ぎを生業としているが、かつては農民だった。1頭5元。実のところ、パトロール隊も没収したチベットカモシカの毛皮を売って活動の資金に充てていることが告白される。そうしなければ、隊員を養っていけない。きれいごとじゃない現実がある。

f:id:guangtailang:20190517120517p:plain燃料も食料も残りわずかとなり、やむなくリータイは密猟者たちを荒野のただ中に置いていく決断をする。ここを200km歩いて、さらにどこそこを100km行けば公道に出るとか過酷なことを云うのだが、ココシリではそれはありふれたことなのだ。そして、誰の死もあっけなく訪れる。

f:id:guangtailang:20190517120602p:plain肺気腫になった仲間を、町まで引き返し医院に送り届けたリウは、その足で馴染みの女ロンシエに会いに行く。彼女に詰問されながら、山に行っていた、金が無いなどと云い(肺気腫の仲間の診療代に消えた)、甘えるリウ。漢たちにもこういう時間が必要だ。翌朝、車内に女の姿はなく、シートに金が残されているだろう。

f:id:guangtailang:20190517120640p:plainf:id:guangtailang:20190517120722p:plain密猟者の足跡が鮮明になってくる。この先に食料はないので調達すると云って野ウサギを撃ち、その場で捌いて食う。ガイ記者も分け前にあずかる。ここまで、車輛の故障した隊員たちは荒野に置き去りにされ、大丈夫なのかと訊くガイ記者に、雪が降らないことを願うだけだと答えるリータイ。しかし、雪が降る。一方、山に戻ったリウは蟻地獄にはまり、ずぶずぶと躰が沈み込んでいく。この場面が非常に怖い。大声を出し、もがくのだが、むなしいだけ。肩まで流砂に埋まる頃には観念したように動かなくなる。

f:id:guangtailang:20190517120853p:plain密猟者のリーダーとついに対峙。見逃してくれればクルマを2台買ってやる家を建ててやると甘言を並べ立てる男に、リータイはすべてを峻拒した上でお前を逮捕すると云う。男の下劣さにリータイが殴りかかろうとした瞬間、男の一味がリータイに向けて発砲し、彼は倒れて痙攣する。まだ息があると男は銃を連射し、とどめを刺す。

f:id:guangtailang:20190517120931p:plainこの事態を間近でみていたガイ記者が記事を発表し、世間に知らせたことで大きな反響を呼び、翌年、ココシリは国家自然保護区に指定され、森林警察の誕生とともにパトロール隊は解散、チベットカモシカの数は3万頭まで回復した。

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