川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

ひこうき雲

にっかつロマンポルノ、『母娘監禁・牝』(1987・監督 斉藤水丸)をFANZA動画で。個人的な話から始めると、小学校の中学年から近所の学習塾に通い始めた。民家の2階を改造した教室に生徒が詰め込まれ、7、8人も座ればいっぱいだったと記憶している。講師はその家のおばさん姉妹で、姉はすぐに生徒の頭を教本やノートではたき、妹の方は鼻が岩みたいにごつかったが、姉ほど怖くなかった。現在どうなのか知らないが、当時その学区で最も偏差値の高い都立高校を姉妹が卒業していることをのちに知った。そんなある日、悪ガキで有名な生徒のひとりが写真週刊誌を持ってきて、特定の頁をひらいたまま、みんなに廻し始めた。そこには白黒写真でうつ伏せに倒れた女性が載っており、頭部のあたりから液体が流れ、白っぽいかけらが散っていた。岡田有希子の飛び降り自殺の現場写真だった。悪ガキには上に兄弟がふたりおり、そのどちらかが週刊誌を買い、それを悪ガキがわざわざ塾まで持参した。1986年のことである。当時、後追い自殺が社会問題になった(ウェルテル効果)。岡田有希子の固有名も出てくるが、映画がこの出来事の影響下に撮られたことは明白である。【以下、ネタバレあり。役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

茨城、水戸周辺の海岸。BだのCだのといった表現が時代を感じさせるが、地方の閉塞した女子高生の会話がなんともやるせない。イヤフォンからは荒井由実の「ひこうき雲」が流れている。しかしこれは本人の声ではないようだ。

f:id:guangtailang:20190422213035p:plain水戸駅前。1987年の人口は23万。友人のひとりがデパートの屋上から飛び降り自殺し、前川麻子はそれを目撃する。前川は遺書を残して家出し、テレクラで加藤善博と知り合う。

f:id:guangtailang:20190422213113p:plain前川は20歳手前で女子高生を演じているが、どう見ても女子高生にしか見えない。喋り方が独特のレイジーな感じで、惹きつけられる。現在は小説家でもあるんですね。

f:id:guangtailang:20190422213152p:plain茶店で初対面。自殺した友人の様子を加藤に喋る前川。この加藤がどうしようもなく自堕落な、すぐにキレる男を演じていて見事なはまり役。こういう演技ができる役者、最近の若手でいるのかなあ。「ぷっつん」という言葉の使い方を懐かしく思い出す。

f:id:guangtailang:20190422213228p:plainf:id:guangtailang:20190422213312p:plainなりゆきで加藤のぼろアパートに転がり込んだが、加藤のあまりの自堕落ぶりにだんだん嫌気が差してくる前川。

f:id:guangtailang:20190422213352p:plain加藤善博(かとうぜんぱく・よしひろ)さんは2007年に渋谷区内の公園で首吊り自殺しています。享年48。

f:id:guangtailang:20190422213436p:plain娘前川から連絡を受け、単身加藤のアパートに乗り込んだ母吉川遊土は、娘を取り返す条件として男たちに輪姦される。前川はそれから目を逸らしているが、ついには冷蔵庫に籠って嗚咽する。凄惨な場面だが、優れたリアリズムの描写であると思う。帰ったらすき焼きを食べようとか、喉が渇いたといって自販機に駆け出しごくごく喉を潤す母を置いて、どしゃ降りの中、娘は走り出す。ラスト、茨城の海岸で洟をかむ前川。再び「ひこうき雲」が流れている。空を見上げると、それが街中の空につながり、陸橋を歩く前川の後ろ姿。友人は死んだが、自分は死ねず、母は自分のために悲惨な経験をしてもなお日常にどっぷり浸かって図太く生きている。制服を着て学校鞄を下げた前川もこうして日常に戻っていくのだろうか。だとしても、以前の彼女とは何かが決定的に変わってしまっている。それを成長とか成熟と表現するのは綺麗事に過ぎるだろうが。

f:id:guangtailang:20190422214450p:plain斉藤信幸監督がなぜか水丸に改名。

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