14日。鶴岡抄太郎はアリオ亀有にあらわれた。東京の桜は散りつつあるが、暖かいともいえない少し風の強い日だ。彼は緑色のゲームジャケットにリュックを背負い、広場をぐるり見渡すと、キッチンカーの店でよだれ鶏と米、青島ビールの缶を購入した。四川祭というのをやっているのだ。適当な席に腰を落ちつけ、むしゃむしゃと食い始める。容器が風に舞い、麻辣タレが飛び散るのを心配したが、それなりの重量があり大丈夫のようだ。正午を廻ると黒のタートルネックに真紅のスカートの女性が颯爽と登壇し、スカートの色に合わせたマイクで喋り始めた。彼女のことを画面上で見ていたが、実物はやはり見惚れるほどの漂亮(ピャオリャン)であった。ネイティブの日本語を話すこの女性が山東省泰安市の水道やガスも通っていない田舎の出身で、9歳の時に父親の仕事の都合で来日し、茨城大学工学部を卒業したいわゆるリケジョであることを、抄太郎は事前にWikipediaで調べ知っていた。
よだれ鶏。ライス少な目。
麻辣鶏冷やし麺。
山東省生まれ、茨城育ち。
瞬きして愛嬌を振りまく獅子舞。
ご本人によると、麻婆豆腐をイメージした衣装。勿論これもシックで良いのだが、前日は深緑の旗袍(チーパオ)だったようでそっちも見たかった。業界青年会の懇親会があり、諦めざるを得なかった。スリットから垣間見える脚線美を盗撮したファンがいるのだが、ご本人も「盗撮好き」で、「愛おしい」と云っている。さばけた人だ。もしこの方が中国語の老師でマンツーマンレッスンを担当していたら、一生を棒に振るようなおっさんが出てきてもそれは自然なことである。
尚、变脸(ビェンリェン)は撮影禁止だったので画像がないが、最初、何かのトラブルですぐに引っ込んでしまった。獅子舞のあとに再登場したが、随分と小柄なのである。150cmくらいか。ふっくらとした掌から女性と知れたが、果たしてすべての仮面を剝ぐと老太婆(ラオタイポ―)があらわれた。この人があれだけの素早い身のこなしをしていたのかと感心した。
野暮用で神田に移動する。哀しい家屋が身を寄せ合っている。
JRの駅でよく見かけるポスター。撮影用のモデルなのだろうが、右のふたりの女性が自然な表情で実に良いと思うんだ。
夜。上野でHさんと待ち合わせて、椰子鶏へ。鶏ばかり食う一日。前回来た時よりもおいしくないと彼女が云う。こういうことをよく云うのだ。店を出てエレベーターを待っているあいだにも、下次不来了などと呟くから困ったものだ。
哀しい椰子の実が佇んでいる。