川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

マゾヒスト

午後12時45分。TOHOシネマズ錦糸町 楽天地で『運び屋』(2018・監督/主演 クリント・イーストウッド)。比較的小さなハコだったが座席はほぼ満員で、老若男女上は70代の夫婦から下は制服姿の高校生まで来ていた。昭和が匂う前の楽天地でこんな入りはみたことがなかったが、リニューアルするとこうも違うのか。パルコもできたし。

イーストウッドという男のマゾヒスティックな欲望ないし被処罰願望はもう大分昔から云われてきたと思うが、この年齢で監督・主演してなお見事なまでにそれを貫き通していて、感動して泣きそうになった。「老い」や「赦し」を描いているいえばそうなのだろうが、イーストウッド谷崎潤一郎のように生涯かけて「マゾヒズム」を描こうとしている。だからおれは彼の監督作は必ず観に行くのだ。【以下、ネタバレあり。役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

家族から見放され、家が差し押さえられ、麻薬の運び屋をやっているイーストウッド。それでも悲愴な感じは少しもなく、大金を得られることを知ると早い段階で自ら進んでやるようになり、そのことを楽しんでさえいる。むしろ、家族と会っている時にいたたまれない感じがある。徐々にDEA(麻薬取締局)のブラッドリー・クーパーらに追い詰められ、最後はあっさり捕まるのだが、その時はメキシカンギャングに痛めつけられ血だらけの顔をしている。裁判の時も弁護士が彼の有利になるよう発言している横で「おれは有罪だ」と云って自ら刑務所行きを望む。ここには心身ともに苦痛を翫味する男の気高い姿があり、マゾヒズムの栄光がみてとれる。『白い肌の異常な夜』(1971・監督 ドン・シーゲル)、『恐怖のメロディ』(1971・監督/主演 クリント・イーストウッド)このかた、イーストウッドが演じるのは筋金入りのマゾヒストである。f:id:guangtailang:20190321215350j:imagef:id:guangtailang:20190321215411j:image午前11時。顔の腫れもある程度引いて口も開くようになったので、よっしゃ、これなら外食しても恥ずかしくないな。それで何が食べたいと自分に問いかけたら、漬け白菜と豚肉の炒めが食いたいと答えた。それなら錦糸町かい。ああ。件の食堂の服務員の振る舞いは大陸北方そのもので、入店するや現地気分が濃厚に味わえる。儿化音を響かせながら小姐同士で口論しているし、食器をぶつけ合ってけたたましい音を立てるし、客の脱いだ靴が邪魔なら足でどけるし(たしかに乱雑な脱ぎ方をしていた)、料理の皿は2枚とも欠けているし。でも、リーズナブルでうまい。出てくるのも早い。おいらはほんとに漬け白菜と豚肉の炒めが好きだ。f:id:guangtailang:20190321163523j:image

夜。イチロー選手が現役引退を発表した。