川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

剛い髭ときつね目

高温多湿の夜。冷房は点けずに部屋を暗くし、道東の原野が吹雪く、真逆の季節の映画を、パンツ一丁で観る。『きつね』(仲倉重郎監督/1983/104分)。じっとり汗をかく。

主演は、私はあまり知らないのだが、両親の世代は皆知っているミュージシャンの岡林信康。フォークの神様と呼ばれている。彼が釧路に派遣された35歳の低温科学者緒方を演じる。ヒロインはオーディションで選ばれた高橋香織。釧路に療養に来ている14歳の少女万耶を演じる。高橋はこの映画以外、目立った活動はしていないようだ。

冒頭から、なにせ音楽に語らせ過ぎだ。猟銃を持った緒方が濃霧漂う森を抜けて、湿原で万耶と出会う場面から、ふたりが親密になっていく場景、過剰に音楽が鳴りつづけ、映像が物語るべきところを、音楽の饒舌で覆っている。映像と音楽が手を携えて進むような流麗さはそこにはない。こういうのはまったく好みじゃない。冒頭のみならず、この映画は全編こんな感じだ。叙情的な調べを流すにしても、斎藤耕一の音楽の使い方がいかに巧いか、再認識した。

他方で、剛い髭をたくわえた岡林の、朴訥として、時たま関西方言のイントネーションが混じる感じは好ましい。学者として出世街道からはずれた、寄る辺ない男の佇まいがよく出ている。ヒロイン役の高橋も魅力的だ。すらりとした体形に釣り目の面立ちが、この少女自身ちょっときつねを連想させる。実年齢で演じたのか、ことさらに演技せずとも、この年頃の危うい感じがあらわになっている。あどけない顔が、時にはっとするほど瞳に情念が宿り、女の表情になる。

映る昭和50年代後半の道東の風景。これはもう掛け値なしに素晴らしい。緒方のダットサントラックが豪雨の日に脱輪して、万耶が駅で待ちぼうけを喰らわされるシークエンス。現代なら携帯で連絡をとって待ちぼうけもないのだが、この時代はドラマが生まれるんだな。春別駅の僻地感よ。

14歳の少女の情交場面があるため、ソフト化が遅れていたとか読んだが、かなり控えめな表現で、たいしたことはない。藤田敏八の『危険な関係』(1978/97分)に女の幼児の素っ裸を撮影しているペドフィリアな場面が出てきたが、そっちの方が吃驚したわ。

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