川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

『それから』

f:id:guangtailang:20180613020005j:imagef:id:guangtailang:20180613020019j:image日中は陽が出たり曇ったりを繰り返していたが、午後5時を合図に凄まじい驟雨があった。映画どうしようかなと一瞬迷ったのだが、30分ほどすると雨は完全に止んだ。

ホン・サンス『それから』(2017/91分)をヒューマントラストシネマ有楽町で。何年か前にこの監督の『アバンチュールはパリで』(2008/144分)をDVDで観たおぼえがある。パリの韓国人である男女のぐだぐだを独特のスタイルで撮っていて、なんとはなしに惹きつけられる場面がいくつもあった。が、その後、ホン・サンスの映画を観ることはなく、この度が2回目。モノクロ映像のキム・ミニが美しく、それが決め手となった。

【以下、ネタばれあり】

『それから』でも相変わらず男女のぐだぐだ、とりわけ男のだらしなさ、狡さ、弱さが描かれており、登場人物はわずか4人である。映る場所も冒頭の社長の自宅、小さな出版社の事務所、中華料理屋、居酒屋、人気のない夜の街路・地下道、タクシーの後部座席、最後の事務所の前の通り程度で、きわめてミニマルな映画だ。少人数と限られた場所の組み合わせ。時制の組み替え。そこでの会話。これが妙に面白いんだな。惹きつけられてしまう。

男女が食事しながら対面して会話する際、その右と左の横顔を映し、会話が途切れると変なズームアップがどちらかの人物の顔に寄っていく。フェティッシュなことを言えば、キム・ミニとキム・セビョクが話す時にひらひらと動かす手がとても美しく、モノクロ映像では眩しいほどだ。まあしかし、タクシーの後部座席で窓を開けて夜に舞う雪を眺めるキム・ミニの表情。これがモノクロ映像の白眉だろう。 

不倫相手との関係を清算したのち、評論界の権威ある賞を受賞した社長のもとを、一日だけ社員だったキム・ミニが訪ね、社長は顔が穏やかになりましたね、などと会話するのだが、社長は彼女のことをすっかり忘れている。これちょっとほんとかね、という感じだが。そして、社長が彼女に夏目漱石『それから』の翻訳本を渡し、礼を言って颯爽と雪道を去っていくキム・ミニの後ろ姿で映画は終わる。社長と同様に、世間にまみれながら生きている私なんかにとっても、ソン・アルム(キム・ミニ)の存在はちょっと崇高に過ぎるな。