川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

死神の列

f:id:guangtailang:20200510120250j:image五味川純平人間の條件』(岩波現代文庫)読了。何か巨大なものを突きつけられたという気がする。ただ、その塊に対して私ならこうでこうでと今は反射できない。今後もできないかもしれない。楽しい読書とは到底いかぬ作で、途中何度か、私は読むのをやめ、YouTube松浦亜弥「LOVE涙色」や少女時代「GENIE」、AKB48恋するフォーチュンクッキー」等を視聴して気分転換せざるを得なかった。それは小説中の、丸みや柔らかみ、甘さや滑らかさに飢(かつ)えた兵隊の欲望と似たところがあったかもしれない。この時代のこうゆう場所を描けばそうなるだろうとは思いつつも、その理不尽さに暗澹たる気持ちにさせられるのだ。

梶の理想主義、厳格主義。当時の軍隊組織の中で個人がそれらを追求しようとすれば、潰される。「立場」がすべてなのだ。高邁な精神の入り込む余地がない。その人間は立場なりの言動をする。というか、それしか許されてはいない。第三、四部で延々と描かれる古参兵による初年兵への仮借なき鉄拳制裁は、読んでいてほんとうに気が滅入るし、反吐が出るが、それぞれの立場によって為されたに過ぎない。梶の精神はそれでも摩滅せず、凄絶な戦場を生き延びたことによりある意味で自由を手に入れるが、一方で、軍隊生活や戦闘が梶の肉体を有能な一個の殺人機械へと作り変えていることが実に皮肉であり、また生々しくもある。さらには、彼の精神(思想)がシンパシーを寄せ続けた満人や赤軍に手酷く裏切られるのも皮肉というほかない。ここにこの小説の凄みが存するように思う。

あの時代、あの場所で、梶のように生きれば、あのような終わり方しかなかったと感じている。