川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

バイシクル・チェイス

たとえば週末クルマで出かけSAにも道の駅にも寄らず(または必要最低限で済ませ)人気の無い山や海へ行き気分転換して帰ってくる分には感染リスクは非常に低いだろうと考えてみる。ただこの状況下でそれを実行した場合道中足立ナンバーじゃねえか何出てきてんだ自粛しろよタコがというような非難の眼差しは免れないかもしれない。僕がもし東京近県在住だったらやっぱりちょっとそう思う。

f:id:guangtailang:20200415090845j:image13日夜。『我らが愛にゆれる時』(2008・王小帅 原題 左右)をDVDで。正直あんまり好きな映画じゃない。幼子の病をめぐって愛や倫理なるものを問うというようないわゆる「難病もの」は積極的に見る気が起こらない。意地悪な言い方になるが主題のために病という設定や産児制限という制度がダシに使われているとさえ感じる。まあちょっと言い過ぎか。相済みません。でも大人たちの右往左往4人の男女の進退窮まる状況を描くのに病の幼子を真ん中に据えるのは趣味の問題かも知れないが個人的にやっぱり抵抗感がある。王小帅監督だから観た。決断説得葛藤理解承諾実行をそれぞれに繰り返す4人。それらの時時において人間が試されていることになるのだがラスト2組の夫婦が飯を食う場面は秀逸であった。食卓をともにすることは平穏への回帰がすでにしてあらわされていると思うが相手の茶碗におかずを載っける文化的所作でより鮮やかにそのことが表現される。雨降って地固まると言えば主題に比して言葉が軽過ぎるのか。役者の方々は皆良かったです。

f:id:guangtailang:20200416083137p:plain15日夜。『北京の自転車』(2001・王小帅 原題 十七岁的单车)をDVDで。これは良かった。主役のふたりの少年の貌と胡同の街並みを見ているだけで飽きることがない。北京オリンピックに至る過程で胡同はだいぶ破壊されてしまったような話を聞くがこの映画の舞台は現在も残っているのかな。【以下ネタバレあり。役名で呼んだり俳優の名で呼んだりしています】

f:id:guangtailang:20200416083225p:plain内陸の乡下から大都会に出てきた小贵。自転車を使った配達のアルバイトに雇われ公司の社長からきみたちは現代の駱駝祥子だとかなんとか発破をかけられる。「正」の字を手帳に連ねながらあと少しで自転車が自分のものになるというところで何者かに自転車を盗まれる。徒手空拳の彼は唯一の宝を必死で探す。

f:id:guangtailang:20200416083321p:plain北京は言うまでもなく中華人民共和国の首都で政治的中心だが、時々なんでこんな北方の寒冷地にあるのかと思う。しかしそもそもモンゴル系の元朝がつくった大都がその基礎だと知ればなるほどそうかと合点がいく。満洲族清朝しかりだが北京は漢民族の城市という以上に北方異民族の城市なのだ。

f:id:guangtailang:20200416083358p:plainもうひとりの主役小坚と学園のマドンナみたいな高圆圆。高さんは高校生というより大学生かオフィスレイディに見えるのだが当時21歳で演じているのだから大人びているはずだ。

f:id:guangtailang:20200416083429p:plainこの黄色い服の女の子が小坚を慰める普通話は可愛らしかったな。

f:id:guangtailang:20200416083509p:plain打ちひしがれて四合院の屋根を歩く小坚。

f:id:guangtailang:20200416083539p:plain発展する都市を背景に格差問題が描かれているというような言辞を目にするがそうゆうものが描かれているとしてこの映画でそれはそんなに重要なことか。小贵は出稼ぎの身で明らかに貧しいが小坚にしたところで暮らし向きは決して良くない。格差を主題に描くのであれば主役の片方を文句なしの富二代に設定してつくれば良い。この映画でいちばん描きたかったものは「胡同を使ったバイシクル・チェイス」だと僕は思う。

f:id:guangtailang:20200416083608p:plainこのふたり必要以上に言葉を交わさないのが良い。何者かに盗まれた自転車の元持ち主と現持ち主は幾度かの殴り合い(といって殴っているのは小坚のクラスメイトたちで小贵は一方的に殴られているだけだが)や交渉を経て交互に乗り合うことで合意する。都会っ子の小坚は田舎者小贵の自転車への並外れた執着や泥臭い根性をやがて認めざるを得ない。それは公司の社長も認めたものだ。

f:id:guangtailang:20200416083636p:plain雨の日高圆圆を自転車曲藝乗りの男に奪われさらに馬鹿にされたと感じた小坚はふたりの後をつけ胡同のそこかしこに転がっているレンガのひとつで男の頭をかち割るだろう。

f:id:guangtailang:20200416083711p:plain自転車曲藝乗りの一味に追われる小坚。胡同を縦横に逃げ回る。道に迷ったらしい自転車の小贵がなぜか合流し一緒に逃走する。この一連のシークエンスには昂奮した。袋小路で一味に捕まりボコボコにされるふたり。自転車もベコベコにされる。その自転車を肩に担ぎ、雑踏をゆく傷だらけの小贵。ふたりの友情はことさら描かれない。