川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

サイデンストリッカー

f:id:guangtailang:20200401235736j:imagef:id:guangtailang:20200401235832j:imagef:id:guangtailang:20200404090757j:image4月1日。この週末も蟄居するとしたら、ロマンポルノもいいのだけれど、分冊の長編小説でも挑戦しようかしら。そう思いながら本棚を眺めていると目に留まったのが、硝子戸の向こうで光っているパール・サイデンストリッカー・バック『大地』でした。サイデンストリッカーなんて知った風にミドルネームを書きましたが、Wikipediaを覗いたに過ぎません。四分冊ともなると買ったまま長年うっちゃっている場合も多いですが、これらは今年に入って買ったので手前の方に並べていました。ある時、急に、これを読もうという気持ちがむくむくと湧いてくる。それが今なのだと(一)を手に取り、早速読み始めました。ほとんど予備知識なしに。すると、これがおもしろい。はじめは大陸と関わりを持った現在の僕が読むから余計そうなのかとも考えましたが、たぶん高校生の僕が読んだとしても楽しめる。実にこなれた文章で、さくさく読み進められ、滞ることなし。中国内陸が舞台の中国人が主役の物語を米国人が英語で紡いだ原文もたぶんリーダブルなのでしょうが、翻訳も良い。新居格。にいいたる。この人の名はどこかで見覚えがあると思い、しばらく経って浮かんできたのが、以前、大学時代の友人Kと会った時、彼が携えていた『杉並区長日記―地方自治の先駆者・新居格』の表紙でした。黒い背広に丸眼鏡の、恰幅の良いおじさん。調べてみるとやはりそうです。噛めば噛むほど味の出る経歴の人なのだと思います。ちなみにKは杉並区在住。さらに読み進めるうち気になったのが、王龍の農地が大陸の那辺にあるのかということで、これまた調べてみるとどうやら現在の安徽省北部、宿州辺りらしい。宿州なる地名は初めて知りましたが、地図を見ると、なるほど、阿蘭が山東省からやって来たのも頷ける。Hさんやその親族は安徽省といえば黄山がよく話頭にのぼるのですが、こちらは最南部です。省都合肥がちょうど真ん中あたりにある。さすれば、安徽人は北方人なのか、はたまた南方人なのか? 方言も北部、中部、南部ではかなり違うような気がします。たとえば、小説中に王龍一家が飢饉のため江蘇省の城市に移動し、糊口をしのぐ場面がありますが、口音の違いについての描写が出てきます。方言の問題はちょっと深掘りしてみてもいい。あと、纏足についても。そういえば、王龍が土地を買い取った黄家という地主。これが出てきた時、『大地』を読もうと思った理由のひとつが谺のように響いてきた気がしました。それというのが、長年つきあいのある珈琲屋を営むお客さんがいるのですが、ある時、そこの70年配の奥さんと雑談していて、僕の妻が中国人だと言うと「あら、そうなの。そうなんですか」と何度も頷き、実は私は中国が好きで、何度も旅行している。沿海部だけじゃなく、内陸のかなり奥地まで行った、などと熱っぽく語り始めました。西安、四川、敦煌ウイグル雲南も。奥様の姓はなんておっしゃるの? とおもしろいことを訊かれ、「ファンですね。黄色という字の」と答えると、間を置かずに「あ、パール・バックの『大地』のファン(ホワン)ね」と嬉しそうに言いました。2日午前11時現在、252頁まできましたが、頁を繰る手が止まらないという愉しい読書です。